朝倉天正色葉鏡

第121話 押小路烏丸殿の戦い(後編)

朝倉天正色葉鏡 西上作戦編 第121話

 左右に分かれ、ほぼ同時に攻撃を仕掛ける。
 しかし鈴鹿の反応は冷静だ。

 一振りの剣を抜き放ち、一歩横にずれてまず乙葉の一撃を真正面から打ち返し、続けざまの雪葉の薙刀の一閃をかわしてみせる。

 そして反撃。
 慌てて雪葉はこれを防ぎ、しかし圧力におされて弾かれ、背後から再度打ちかかった乙葉の一撃を再び余裕をもって打ち払う。

 ……思っていた以上に、強い。
 二対一ではあまりに分が悪い。
 しかし三対一ならば。

 わたしは迷わずに混戦の中へと飛び込んだ。
 わたしの力は現在、乙葉や雪葉に大きく劣る。
 が、二人には無い力があった。
 神通力である。

 これは上杉謙信の魂を得たことで新たに増えた力であり、これはとにかく妖に対して効果が高い。
 自身、謙信相手には一方的にやられたし、乙葉も望月千代女を相手に苦渋を舐めていた要因だった。

 これを扱えるということは、対妖戦では有効な攻撃手段となり得る一方で、神通力を用いる相手への有効な防御ともなる。
 雪葉と鈴鹿が切り結んでいるが、構わずに太刀を振り下ろす。

 即座に雪葉は身を引き、わたしの攻撃に躊躇を含ませないよう、最善の動きをする。
 複数で戦う以上、連携は必須だ。
 でなければ効率も悪く、複数の利点が活かせない。
 ただわたしはそんなことは何も考えなかった。

 なぜならば、雪葉や乙葉がわたしに合わせて連携してくるからだ。
 わたしを主軸にして、攻と防を自然と二人が受け持ち、補佐してくれる。
 つまりはそういう主従の連携なのだ。

「ほう……」

 これには鈴鹿の顔から余裕が消えたことで、その効果のほどが窺えた。
 にわかに真剣みが増す。

 ならばとこちらも攻撃の手を緩めず、太刀を振るう。
 何十合と打ち合っているうちに、最初に悲鳴を上げたのは武具の方だった。
 鈴鹿からの反撃の一撃を捌いた瞬間、刀身が砕け散ったのである。

「――――っ」

 相手の武器は三明の剣の一つであり、傷一つも無い。
 対してわたしの持つ太刀は、銘を千代鶴九十五式という量産品である。

 これは切れ味よりも耐久性を最重視した作りになっており、様式や材質はわたしが考案したもので、それを越前の刀工集団である千代鶴一門に量産させたのだ。
 多少手を加えているが、参考にしたのは九十五式軍刀である。

 日本刀といえば「折れず、曲がらず、よく切れる」であるが、よく切れる、については多少犠牲にして、折れず曲がらずを重視した作りになっており、あと大量生産を旨としていることもあって、名刀とは言い難い。

 が、高価な名刀一振りよりも、同じ銭で百の槍を買った方が合理的、という過去の偉人の教えに従って、わたしが作らせたものだ。
 ちなみにこれは朝倉家に伝わる分国法の中にある一文でもある。
 というわけで、鈴鹿の持つ剣に及ぶべくはないわけだが――

「色葉様!」

 即座に乙葉が新たな太刀を投げて寄越してくる。
 一体どういう手品かは知らないが、乙葉はあの尻尾の中に色々と武器を隠しているようで、その中の一本を新たに出してきた、というわけだ。

 もちろん、同じ千代鶴九十五式、である。
 鞘から刀身を引き抜き、間髪入れずに鈴鹿に打ち掛かったことは、多少なりとも鈴鹿を驚かせたようだった。

「質より量、ですか」
「ふん、名刀とはいえいずれ折れるからな? そんなものを妄信する気は無い」
「ですわね」

 挑発も笑って受け流される。
 くそ、余裕だな。
 構わず打ち込む。
 乙葉や雪葉もそれに続く。

 どれほど死闘が繰り広げられただろうか。
 乙葉と雪葉はすでにあちこちが傷つき、生傷が絶えない状態となっている。
 鈴鹿もまた、僅かではあるがかすり傷を負うに至っていた。

 全くの無傷なのは、わたしだけ。
 ここに及び、さすがにわたしは不審を覚えずにはいられなかったのである。

「――貴様、どうしてわたしに刃を向けない……?」

 鍔迫り合いをしつつ、鈴鹿を睨む。
 そうなのだ。
 わたしが無傷なのは、一見して乙葉や雪葉がうまく庇ってくれているからのようにも見えたが、決してそれだけではない。
 危うい場面など幾度もあったのだ。

 にも関わらずの無傷。
 これはもう、鈴鹿が手心を加えているからに他ならない。

「舐めているのか……?」

 乙葉ではないが、さすがに不愉快が沸き起こる。
 まるで相手にされていないような気分を味わったからだ。

「ふふ、まさか」
「嘘を言え。お前の手傷のほとんどは、すべき時にわたしに刃を向けなかった結果だろう。そこまでして愚弄でもするのか」

 確かに鈴鹿は強い。
 三人がかりでこれなのだから、わたし一人ではまるで敵わないだろう。
 しかし――

「誤解なさらないで下さいな? 元よりわたくしは色葉様と争うつもりなど無いのです」

 こいつっ……!

「雪葉! 乙葉っ!」
「はっ!」
「うんっ!」

 二人が刃を振りかざして鈴鹿に肉薄する。

「そのままやれっ!」
「!」

 後ろに退こうとした鈴鹿の刃をわたしは左手で引っ掴んで留めると、それこそ強引に鈴鹿の動きを止めて、二人にそう命じる。

 握りしめた左手は容易に皮や肉が裂け、血が溢れ出したが気にしない。
 刺し違えてでも一撃を加えてやるつもりの行動だった。
 だが――

「っ!?」
「このっ……!?」

 雪葉と乙葉の動きが止まる。
 鈴鹿はわたしに剣を一本封じられた状態のまま、片手でさらに二振りの剣を取り出すと器用に角度をつけ、二人の喉元目掛けてその切っ先を突き付けたのだ。

「……ふふ、さすがですわ。このわたくしに大通連だけでなく、小通連と顕明連を同時に使わせたのですから」
「姫様――我々に構わずにその首を刎ねて下さい!」

 今この状態で、もっとも鈴鹿に肉薄しているのはわたしの持つ太刀に他ならない。
 その刃は鈴鹿の首筋に触れるか触れないかの位置だ。

 そのため雪葉が訴えてくるが、わたしは太刀を動かせずにいた。
 刃を引けば、あるいはこの女を殺せるかもしれない。

 しかし鈴鹿は同時に剣を突いてくるだろう。
 そうすれば二人を失うことになる。
 これではあまりに割に合わない。

「ふふ……まあ、それならばそれで運命というものですが。ですが現世の我が天命は未だ尽きず、ですわ。さあ色葉様? まずはお手を放して下さいな。その出血、見るに堪えませぬから」
「……お前が強いのは認める。だが、どうして本気で戦わなかった? 解せない以上に不愉快だ」

 わたしは別に乙葉のような戦闘狂ではない。
 しかしそれでも鈴鹿を強敵として、真剣に臨んだつもりだ。
 それを汚されることは、やはり愉快なわけがない。

「それはもちろん、色葉様ご自身のせいですわ」
「なに?」
「すぐに、お分かりになりますわよ?」
「何を――」

 それは不意に起きた。

「……っ!」

 例の吐き気である。
 こんな――ところで!

「はい、それが答えですわ。身重な色葉様にどうして刃など向けられましょう」

 は?
 今何て言ったこの女?
 身重、だと……?

「まさか、とは思っていましたが――」
「嘘、色葉様がご懐妊、してたの……?」

 雪葉と乙葉も動揺を見せたが、何より驚いたのはわたし自身である。
 じゃああの吐き気は……つわり、だったとでもいうのか……?

「乙葉様!」
「うん!」

 一番動揺するわたしに代わり、真っ先に動いたのは雪葉だった。
 素手で自身に向けられた刃を打ち払い、薙刀を振るう。

 乙葉は鈴鹿など目もくれずにわたしに飛びついて、そのまま勢いで鈴鹿から引き離す。
 それはもう、見事なまでの連携だった。

 もっとも鈴鹿に追い打ちする気は毛頭無かったようで、わたし達はいったん鈴鹿から距離を置くことに成功する。
 雪葉も深追いすることなく、わたしの傍まで戻ってきた。

「お二人とも、主想いの家臣ですわね。とても可愛いことですわ」
「おい――! このわたしに子ができたと、本気でそんなことを言っているのか!?」

 思わず声を大にしてしまうが、ええ、と鈴鹿は頷く。

「以前、妙覚寺でお会いした際にはまさか、とは思っていたのですが……此度再びお会いできて、確信に至りました。妖気の著しい減退と、新たな命がひとつ……いえ、ふたつでしょうか。わたくしも以前、子を為したことはありますから、疑いようもないでしょう」

 当然、とばかりに鈴鹿は言うが、とても信じられたものではない。
 夫婦である以上、晴景にはある程度わたしの身体については好きにさせていたから、当然そういう行為にも至っている。
 とはいえまさか妊娠するとは思っていなかった、というのが本音だった。

 何せ自分はこの身体になってより、性欲というものがかなり抜け落ちてしまっていたものだから……行為自体にもほとんど感慨を抱いていなかったといっていい。
 だからその先の結果についても無頓着だった。

 しかし……なんてことだ。
 思わぬことに、わたしは情けなくも混乱しつつあったのである。

「もし身重でなければ、例えお一人でもわたくしと良い勝負ができたことでしょう。ですが今の色葉様では土台無理というもの。わたくしを討ち取ることは叶いませんわ。むしろ戦場にて体調を崩されて、雑兵の手にかかることを恐れて参ったのですから」

 ……言ってくれるものである。
 自身の身体の不調の原因に気づけなかったのは不覚ではあるが、これではあまりにもあまりだ。

「ですから、ご提案なのですが」
「提案、だと?」
「はい。この京より、朝倉の軍勢を引き揚げては下さいませんか?」
「なに……?」
「もちろん、一時的な措置で構いません。殿は此度、少々危うかったことは紛れも無い事実。お互いに態勢を立て直す意味でも、停戦しないかと申し上げているのです。見返りは、ここで貴女方を見逃すこと。如何でしょう?」
「ふざけたことを――」
「いえ、お受けいたします」

 感情的になったまま、ろくに考えることもなく断ろうとしたわたしの横で、雪葉がそう答えたのである。
 わたしの意思を無視して、だ。

「雪葉!」
「後でいくら罰していただいても構いません。ですがここは退くべきです。この雪葉、力ずくでも姫様をここから引き剥がします。……乙葉様は?」

 振られた乙葉は、複雑そうな顔になりながらも、雪葉へと頷く。

「色葉様、ごめんね。でも雪葉が正しいと思う。あまり怒られたくはないけど、仕方ないものね」

 思いの外冷静な二人に、わたしは返す言葉も無く。

「ふふ、良い家臣ですわ。では、そういうことで。できますれば一度、一乗谷にお茶をしに伺いたく思うのですが、それも条件に加えてよろしいですか?」

 ぬけぬけと好きなことを言い出す鈴鹿に、乙葉がふん、と鼻をならす。

「そんなの門前払いに決まってるでしょ? 来たければ来ればいいけど、次会った時は妾が一捻りにしてやるから、覚えておくことね!」
「あらあら。それは怖いですわね。ならば裏口からこっそりと参りましょう」

 くすくすと笑みをこぼしながら、鈴鹿は涼やかに一礼し、戦場を去っていく。
 こうして押小路烏丸殿の戦いと呼ばれる、京での朝倉と織田の合戦は収束に向かった。

 京を急襲した朝倉勢は丹波へと撤退。
 結果として二条城は落ちず、京は守られたことで織田方の勝利、ということで終わっているものの、実際のところ被害が多かったのは織田勢である。

 戦略的には織田家の勝利で、戦術的には朝倉家の勝利、というところだろう。
 さらに体調を崩したわたしは丹波亀山城に運びこまれ、そこでしばしの養生をすることになる。

 天正七年七月末。
 こうして朝倉と織田は睨み合いつつも、いったんの休戦状態に移行したのであった。


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