朝倉天正色葉鏡

第96話 上洛の是非

朝倉天正色葉鏡 色葉上洛編 第96話

     ◇

 北ノ庄城に一晩泊まったわたしは、翌朝には一乗谷への帰路についた。
 一乗谷では家臣どもが集まっており、わたしの帰りを待っているはずである。

 評定は一日遅らせると通達してあるから急ぐ必要も無いが、明日の評定の前にあれこれと打ち合わせをしておきたかったこともあって、自然足は速くなっていた。

 ちなみに景鏡は昼頃にゆっくりと城を出ることになっている。
 馬で駆ければあっという間なので、わたしは単騎で早駆けたというわけだ。

 そして昼前には一乗谷に入り、館に戻ったわたしは乙葉に命じて何人かの家臣を集めさせた。
 昼過ぎにわたしの居室へと集まったのは、側近の大日方貞宗や本多正信、また一門衆筆頭の朝倉景建や、加賀を預かる堀江景忠に、越中を預かる姉小路頼綱など、朝倉家中における重臣ばかりであった。
 それに加えて夫である晴景も、当然呼んでいる。

「――というわけだ。みんなの意見を聞きたい」

 織田からの使者の件をまず包み隠さず話し、率直な意見を求めた。

「上洛、とはまた思わぬことを言ってきたものですな」

 景忠の言はもっともで、皆も確かにと頷き合う。
 その流れでしばらく議論となったが、やがて景建がわたしへと意見を述べてきた。

「普段はお一人で決められる姫様が我らの意見を求められるということは、つまり上洛要請を受けることにも一定の利があるとお考えなわけでしょうか?」
「まあ、そうだな。ある程度はあると考えている」

 一晩色々と考えてみた結果ではあるが、恐らくこれはこれで使えるだろう。

「まあわたしの考える利点は置いておいて、わたしが聞きたいのは上洛することによる不利益についてだ。利益については後から湧いて出ても一向に構わないが、不利益に関してはそうもいかないからな。あらゆる場合を想定するためにも、みんなの意見を聞きたいというわけだ」
「なるほど。まずは……そうですな。当初の計画が狂います」

 景建の言う計画とは、もちろん織田領への侵攻計画である。
 そもそもにして今回の評定では主にこれについて話し合う予定であったし、重臣連中にはすでにそれとなく知らせてあったことでもあった。

「そうだな。だがこれについてはいい。わたしの中で修正案がある。他には?」
「罠の可能性ですな」

 そう言うのは正信で、この言については景忠もその通りであると頷いていた。

「我らをおびき寄せ、これを一気に殲滅しにかかってくるかもしれません。何しろ京は敵中でもあり、また不慣れな地。退路を断たれれば壊滅しかねません」
「それについてはいっそのこと、大軍をもって上洛しようかとも考えている。おいそれと手出しできないようにな」
「それは如何ほどでしょうか」
「最低でも五万」

 わたしの答えに、みんなはさすがに驚いたようだった。

「大軍ですな……。しかしそうなると、新たな問題も出て来ますぞ」

 景忠がうなるように言う。

「例えば?」
「まずは兵站。京と朝倉領は領国を接していませんからな。五万もの兵の糧秣の輸送は、第一の課題でしょう」
「信長も上洛をさせようという以上、織田領の通過は認めざるを得ないだろうから、基本的には兵站もそれを利用する。が、いざ事が起これば使えなくなる、というわけだな?」
「然様です」

 兵站は何よりも重要な課題である。
 これを解決しないと、軍勢の派遣などままならない。

「差し当たっては丹後の一色を懐柔するしかないだろう」
「つまり、海路で運ぶと」
「そうだ。その上で極力丹波に集積させる。今のところそれしか無い」

 この私の言葉に、口を挟んだのは貞宗だった。

「となると色葉様は、例え上洛するとしても、基本方針は変えないおつもりというわけですか」

 わたしの基本方針は、織田領への侵攻である。
 これを変えるつもりはないからこそ、兵站の問題は一番に解決しなければならないことであり、わたしの口ぶりからそれを悟ったのだろう。

「当然だろう。これまで何のために後ろを固めて準備を進めてきたと思っている」

 戦というものは、とかく最初に一撃を与えた方が有利になる。
 よほど底力が無い限り、一度負けると畳み込まれるのが常だ。
 相手が自分よりも強大ならば、最初の一手は必ず痛打として与えなければその後が話にならないのである。

「となると、五万もの兵を動かすのは賭けのような気もいたしますが」
「そうだな。ちょっとした賭けだ」

 にやりと笑ってわたしは頷く。

「色葉よ。賭けとは?」

 それまで黙って話を聞いていた晴景が、首をひねって尋ねてきた。
 正道を好む晴景にしてみれば、わたしの考えている謀略の類は肌に合わないだろうに、一応は合わせて考えてくれているらしい。

「うまくいけば、織田領は大混乱になる。いや、織田だけではない。周辺諸国も巻き込まれる大乱に発展するかもしれないな」
「ほう……。それはまた大層なことを考えているようであるな。で、失敗するとどうなる?」
「派遣した朝倉勢は壊滅するし、守りの手薄になった朝倉領は一気に侵食されて、また滅ぶだろう」

 肩をすくめて明快な返答をくれてやると、晴景は難しい顔になった。

「となると危険ではないか? 当初の予定通り、地道に進める方が良いと思うが」
「かもしれないな。上洛することについての利点はまだ話していないが、欠点の方が多大と思う意見は同感だ。……ちなみに上洛に反対の者は?」

 聞いてみると、晴景を筆頭に、景建、頼綱らが同意見のようだ。

 晴景は堅実な王道を好むし、景建は織田の強さを身に染みて知っている上に、常に最前線である敦賀に配置されていることもあって、決して織田家を甘く見ていない。
 頼綱はまあ、いつも慎重過ぎるので博打は決してしないだろう。

「貞宗は反対しないのか?」
「色葉様はすでに上洛要請を受けることを、お考えのはず。であれば、私が反対したところで聞き入れては下さいますまい」
「別に無視するようなことはしないが」

 わたしとの付き合いが長いせいもあってか、貞宗にはどうも悟ってしまったようなところがある。
 ついでに苦労人な雰囲気が滲み出てるし、何というかあの明智光秀に似ていて、話が合いそうだな。

「先も言ったが、領国の守備が手薄になることは、まあ大いなる欠点だ。罠であった場合、信長がこれを突いてくる可能性は、あるな」

 真っ先に狙われるのは敦賀であろうけど、あそこの守備は固い。
 数千の兵でも恐らく十倍以上の兵力に対抗できる自信がある。

 しかしそのことは信長も分かっているはずで、別方面からの侵入を試みてくる可能性が高い。
 若狭方面か、美濃方面か。

 しかし若狭方面は上洛軍との間で挟撃される恐れがあるから、狙ってくるとすれば、やはり美濃方面だろう。
 美濃と国境を接する大野郡はわたしの直轄であり、それなりの精兵に加えて装備も充実している。そう簡単にやられるつもりは無いが、しかしここを狙われるのは面白くない。

 とはいえその道程は困難であるから、進軍は難しいだろう。
 となれば……。

「むしろ飛騨が危ないな」
「飛騨、ですと?」

 反応したのは頼綱である。

「ああ。同盟国である武田領と接するのは飛騨のみだからな。ここを落とされると、武田と分断されて連携がしにくくなる。逆に織田からすれば同盟に楔を打ち込むようなものであるから、後先を考えても効果が高い。わたしなら飛騨を真っ先に狙うだろう」

 とはいえ飛騨にはその戦略上の重要性から、武藤昌幸を配置してある。
 武藤家とは朝倉家と縁続きでもあるし、必死に抵抗するだろう。

 また飛騨国は守り易く攻めにくい地形でもある。
 昌幸ならばこれを活かして徹底的に抗戦するはずだ。
 少なくとも即座に抜かれることはない。

「こうなったら最初から武田を巻き込んだ方が話が早いかもな」

 長篠の敗戦から時がたったこともあり、また朝倉からの援助の甲斐もあって、武田家は往時の勢いを取り戻していると言っていい。
 徳川家などは逆に圧迫され、東海道では武田優勢なのは間違いない。

 もっとも北条家を敵に回してしまっていることで、武田勝頼も全面攻勢には出られないでいるらしいが。

「まあいい。考えることは山ほどあるが、貞宗の言うようにわたしの意思はほぼ固まっている。とはいえ無謀なこともするつもりもない。お前たちが出した否定的な意見を全て潰せる場合に限って、実行しようと思う。そのためにここに集まってもらったのだから、大いに意見を述べろ。わたしを論破できたならば、それはそれで功だぞ?」

 多少煽ってやりながらも、更なる意見を求めた。
 三人寄れば文殊の知恵、ではないが、一人で考えるよりも思わぬ意見も出てきて、やはり参考になる。
 こうなると、家臣が多いことはそれはそれで力なのだろう。

 わたし達は熟慮に熟慮を重ね、途中からは合流した景鏡も交えて議論は夜にまで及び、一応の結論をみることになった。
 結果として、織田家が一定の条件を呑むことで、朝倉家の上洛が決定されることになったといっていい。

 さて、どうなるか。


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