朝倉天正色葉鏡

第72話 北ノ庄城落成

朝倉天正色葉鏡 畿内動乱編 第72話

     /色葉

「うん。まあまあじゃないか」

 わたしの感想に苦笑したのは、景鏡である。

「まあまあ、であるか」

 天正六年七月に入って、ようやく北ノ庄城が完成をみた。
 ちょくちょく視察に行っていたから進捗状況は分かってはいたが、完全に整備されたその出来栄えはなかなかのものである。

 まあまあ、とか、なかなか、というわたしの表現がちょっと適当でないことは、苦笑している景鏡を見れば一目瞭然であったが、実際に作らせたのはわたしであるから、脳裏に青写真はあったわけで、驚くに値しない、という理由もあった。

「うわぁ……。妾、この世に生まれてからこんなの見たことないわ」

 隣でぽかんとしているのが乙葉である。
 その巨城を見上げ、子供らしい素直さでそんな感想を漏らしていた。

 越中から先に引き上げたわたしや雪葉とは違い、能登平定にも参加していた乙葉は、つい先日一乗谷に帰還したばかりである。
 その帰りを待って、わたしは国内の視察の旅に出たのだった。
 その最初が、この北ノ庄城である。

 わたしが越前平定をした直後の天正二年から普請を進め、実に足がけ四年に及んだ大事業であったが、今回無事に完了した、という次第だ。

 ちなみに北ノ庄城は朝倉家の本拠とし、対外的にとことん見得を張るためにわたしが作らせたものだっただけに、その規模は他の追随を許さない規模になっていた。
 縄張りを行ったのは当然わたしであるが、こんな規模のものが本当にできるのか、と当初は心配されたものである。

 ちなみに簡単な諸元であるが、城郭構造は輪郭式平城に分類されるもので、天守構造は独立式層塔型七層七階地下一階となっており、今現在織田信長が安土にせっせと作らせている安土城を凌ぐ規模だ。
 見た目は完全に近世城郭である。

 全体として見ても、史実で豊臣秀吉が作らせた大坂城に匹敵するものといえるだろう。

「色葉様、ここに住むの?」
「住まない」
「え~? 妾、住みたい!」

 乙葉が抗議の声を上げると、景鏡がまた苦笑して口を開いた。

「もちろん本丸御殿にはそなたの居室も用意させてあるが」

 そんなことは、計画した本人であるわたしが知らないわけもない。
 実際、誰よりも広い居室だったりする。

「立ち寄った時にはもちろん使う。とはいえ、普段は物置でも構わないがな」

 わたしには最初に景鏡が作ってくれた一乗谷館があるので、あれで十分なのである。

「あのお城のてっぺんには住まないの?」

 素朴な疑問を投げかけてくる乙葉へと、わたしはその頭を撫でながら答えてやった。

「天守というのは基本、櫓だからな。平時は住むとこじゃない。あれこそ基本的には物置だぞ」

 勿論、天守を住居とした例は史実でもあった。
 見晴らしもいいだろうし、日常生活の不便さに目をつむればいいのかもしれないが……わたしは御免である。

 天守などは、その威容を見せつけるための飾りだろう。
 とはいえこれが重要なことも分かっていたので、手は抜かなかった。
 というよりやり過ぎたくらいである。

 あとついでではあったが、避雷針の設置も忘れていない。
 この時代にそんなものはまだ存在していないこともあって、家臣たちは首をひねっていたが、知ったことではなかった。
 落雷による天守の焼失はよくあることであるし、その対策方法を知っていながら時代にそぐわないからといってやらないという選択肢は、わたしにはなかったからである。

 また普請を始めて四年も経っていることもあって、その周辺には城下町がすでに形成されつつあった。
 わたしが視察する度に気を遣い、修正を要求したのがこの城下町の整備である。

 基本的に道はどこも広くとり、城の周辺に立つ家臣どもの住居は勿論のこと、以外の民の住居に関しても密集することを避けて建てさせ、余裕のある町作りを行わせたのだ。
 防衛よりも防災を優先させた、というわけである。

 特に火災への対策を事前に徹底させたのだ。
 城の防御力は三重の堀を備え、要所要所に鉄砲での迎撃がし易いような作りにはしてあるものの、基本的に道は広く真っ直ぐなので、徹底した防御力を誇っているとは言い難い。

 が、これでいいのである。
 この北ノ庄城は軍事的拠点というよりは、政治・経済の拠点であるべく作らせたのであって、ある意味で安土城と同じといえるだろう。

 ここまで攻め込まれた時点で、すでに朝倉の敗北は必至、というわけであり、そうならないためにも、わたしは各地の防御施設の強化を徹底して行わせていた。
 特に重要なのが敦賀方面の防衛である。

「ともあれ父上、ご苦労だった。しばらくはゆっくりしてくれてもいいぞ?」
「それはありがたいが、そうもいかん。加賀の方は落ち着いたが、越中や能登は平定したばかりで安定しているとは言い難い。一度視察に赴く必要もあるだろう」
「あまり無理はしない方がいいぞ。若い者に任せておけばいい」
「はは、まだ年寄りとは言われたくはないぞ」

 朝倉の軍政に関しては晴景が中心になって行われているが、外交や朝倉領国の内政に関しては、わたしの助言のもと景鏡が精力的に行っており、今では十分に実を結んでいた。
 この経済力を背景に、同盟国である武田家に対しては相当な支援を行っており、すでに頭が上がらなくなっているくらいである。

 また丹波において波多野氏が粘っているのも、わたしが裏でこっそりと支援をしているからに他ならない。
 ここしばらくは北陸平定のために、わたしや晴景が越前を留守にすることが多かったこともあって、景鏡がいてくれたことは非常に助かったともいえる。

「今日は泊まっていくのだろう?」
「そのつもりだ」
「そうか。それならちょうどいい。少し話したいこともあってな」
「……織田のことか?」

 頷く景鏡に、わたしは溜息をついた。
 織田信長の動きがきな臭くなってきていることについては、貞宗からも報告を受けている。
 景鏡の方にも情報が来ているところをみると、いよいよ本格的に、といったところだろう。

「越前侵攻の準備を始めていることは間違いない」
「いずれは、と思っていたがな。ただ今は困るぞ。越後の方が収まっていない」
「とはいえ待ってくれるとも思えぬが」
「ならば待たせるまでだ」

 いつもの笑みを浮かべてそう言えば、景鏡は困ったような顔になった。

「民の前では見せてくれるなよ? そなたに民が抱いているものが、崩れてしまいかねぬ」
「雪葉にも貞宗にも言われて、父上にまでそう言われると、少し悲しくなるぞ」
「でも色葉様がその悪い顔になっている時って、大抵ご機嫌でしょ? 妾は好き」

 そんな風に言ってくれるのは乙葉だけだけど、その乙葉にしても悪い顔、に見えているわけか。
 まったく……こんなに可憐な容姿をしているというのに、よくわからん。
 この身体に作り変えた時の、アカシアの調整ミスだと本気で疑ってしまうくらいだ。

「まあ分かり易くて良いがな。天女のような笑顔で恐ろしきことを行うよりは、いくらもましであろう」

 慰めになっているのかなっていないのかよく分からない言葉を聞きつつ、わたし達は北ノ庄城へと入城したのである。

     ◇

 今回の視察のためにわたしが伴ったのは、乙葉、大日方貞宗、山崎景成、本多正信の四名だ。
 今回雪葉は同行していない。
 というよりこの越前にいないからだ。

 越中平定後、一度わたしと共に一乗谷に戻った雪葉だったが、わたしの疲れがとれたことを見計らって、再び越中に向かい、更に越後へと単身入ったためである。
 その目的はわたしの代理として、上杉景勝に協力することにあった。

 雪葉は越後の生まれであるらしく、土地鑑は問題無い。
 乙葉を行かせても良かったのだけど、乙葉は能登平定に参加していたこともあって、雪葉を行かせることにしたのだった。

 それに今回、雪葉自身が望んだことも大きい。
 どうやら乙葉が越中平定戦で功を上げたことや、能登平定でも働きわたしにずいぶん褒められたことを羨ましく思ったらしく、自身も働かせて欲しいと願い出たのである。

 わたしとしては、身の回りの世話一切を雪葉に一任していたこともあって手放したくはなかったのだが……無下に却下するのもどうかと思い、許したのだった。
 それに越後情勢は気になるところであり、潜り込める者が必要だったことは間違いない。

 というわけで今現在、わたしの身の回りの世話は乙葉がこなしていた。
 普段は子供っぽいが、意外に気が回り、そつなくこなしたことには驚いたものである。

 色葉様が適当過ぎるのです、とは貞宗の言だが無視に決まっている。
 その貞宗を引っ張ってきたのは、たまには付き合えと強引にわたしが命じた結果だ。
 本人は忙しそうにしていたが、わたしの命は絶対である。

 ついでに景成も連れていくことにした。
 名目はわたしの護衛であるが、護衛の必要なんかないのでは、とは景成の言葉であるが、これまた無視した。
 また正信を連れてきたのは色々と意見を聞きたかったからで、最近ではわたしの参謀的存在になっている。

 ……というのは表向きの理由であり、実は視察以外にも目的があったため、この四人を選んだのであるが、それはまた後の話である。
 ともあれわたしを含めて五人が北ノ庄を出て次に目指したのが、敦賀郡であった。

 越前国敦賀郡は、木の芽峠にて越前国内にあって分断されており、風土的にも隣の若狭国や近江国に近い環境であるといえる。
 ここを治めているのが、敦賀郡司である朝倉景建だった。

「よくお越しいただきました」

 景建の居城である金ヶ崎城へと入ったわたし達一行を出迎えた景建は、心から歓迎する、とばかりにもてなしてくれた。

 金ヶ崎城は敦賀湾に突き出した小高い丘の上に作られた山城で、その築城は源平合戦の折まで遡るという。
 重要拠点であったがために戦乱が絶えず、つい最近では織田信長の侵入を許し、この金ヶ崎城も陥落している。

「以前より随分良くなったじゃないか」

 わたしはこの城の改修を許しており、それを受けて景建は支城の天筒山城と共に、大幅な改修を行ったようだった。
 もっとも最優先は以前から進めていた疋壇城の方であり、こちらは合間を見て少しずつ進めていたらしい。

「いえ……。北ノ庄の城に比べれば恥ずかしい限りではありますが」
「そう言うな。あれとは目的が違う。……それよりも景建、良い酒は手に入れてあるだろうな?」
「はっ。それはもう絶品を入手済です」
「そうか」

 自然と頬が緩み、尻尾がぱたぱたと振れてしまう。
 そんなわたしの様子を見てか、真似するように乙葉も尻尾を動かしていた。

 その後ろをついて来る貞宗と景成はやれやれといった顔を隠そうともせず、正信の方は我関せず、といった感じである。

「色葉様、今宵は酒宴?」
「ささやかではあるがな」
「妾も飲んでいいの?」
「護衛や世話ならば、付き合いの悪い貞宗と景成に任せておけば良い」
「やった♪」

 嬉しそうににこにこ顔になる乙葉。
 わたしもそうだが乙葉も酒好きで、ついでに言えば景建もそうである。

 生真面目な貞宗は飲めるくせにあまり付き合ってくれないし、景成は下戸ときている。
 うまく合わせてくるのが正信で、世渡り上手とでも言おうか。

「雪葉もいれば良かったのに」

 乙葉に聞いて初めて知ったのであるが、雪葉も酒を嗜むらしい。
 わたしの前で飲んでいるのを見たことないが……というか雪葉の前であまり大酒にすると怒られてしまうくらいなのだが、その事実はちょっと意外でもあった。

「ここの本丸は金ヶ崎山の最高位にあって、月見崎とも呼ばれていてなかなかに景色のいい場所なんだ」

 ここからは敦賀湾と日本海を一望でき、その名の通り月見を愉しむには最適な場所である。

「そんなにいい所なの?」
「ああ。景建が毎日ここで酒を飲んでいるかと思うと、妬ましくて仕方がないくらいだからな」
「いやいや、毎日とは滅相も無い……」

 景建をからかいつつ、その日の夜はゆっくりと月見を愉しむことになったのであった。


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