朝倉天正色葉鏡

第48話 評定-軍事②

朝倉天正色葉鏡 北陸統一編 第48話

「三月には加賀へと入る。それまでに各自兵を整えておけ。あと分かっているとは思うが、さっき父上が言ったように大義名分を掲げて侵攻する以上、民への乱暴狼藉の類は許さん。破ったものは当然処刑だ。生皮を剥いで吊るすとでも伝達しておけ」

 この時代では兵による乱捕りは当然に行われていた。
 稲の収奪や民の財の強奪、女への強姦、民を生け捕っての人身売買など、何でもござれ、である。

「ただし、ただとは言わない。進軍先の村々には事前に触れを出し、判銭を徴収しろ。その代償として防御御札を発行する」

 これは戦による乱暴狼藉が当たり前の時代において、事前に判銭なる税を課すことで、これを支払えば防御御札を与え、軍による乱捕りの類を一切禁じたものだ。

「この御札は父上の名と晴景様の名において発行し、これが立ててある村への二重の課税は厳しく禁じる。当然軍規を乱した者もだ。……わたしを失望させるなよ?」

 最後に少し力を込めて念を押せば、家臣どもは畏まって了承の意を示した。

 よしよし。
 やはり軍規というのは大切で、朝倉の評判にも関わってくるから、厳しすぎるくらいの方がいいのである。

 またこの防御御札は、攻め込んだ先の領民に恨まれることなく戦費を調達できる優れもので、当然臨時の税を払わされる民はたまったものではないが、それでも乱暴狼藉されるよりはマシであり、この時代では常識的に受け入れられている慣習だった。
 信長などもこの手で戦費調達をしていたらしい。

 まあ何度も同じ場所に攻め込んでは退くを繰り返し、その度に判銭を徴収していては逃散されかねないので、一度で決めることが肝になってくるが、どうせ加賀平定を長引かせるつもりはない。

「陣容については大まかには決めてあるが、ここで詳細を詰めたい。何かあれば意見を言え」

 わたしの言葉を受けて、細かな部隊編成について書かれた紙が、家臣どもへと配られていく。
 やはり理解を容易にするためにも、資料の配布は必須だ。
 コピー機など無いこの時代、数量を揃えるのはやや骨ではあるが。

 わたしの示した案にこれといった否やもなく、その後は出陣の正確な日取りや経路、また物資の確認などの報告及び、確認がされていく。

「そういえば鉄砲はどうなっている?」

 軍事物資の中で、以前から極力調達するように命じていたのが、鉄砲であった。
 結局戦とは火力である。

 そのためには鉄砲を一定数揃える必要があるが、その最大の生産地である堺を信長に抑えられている現状、その調達はなかなかに難儀していた。
 とはいえ鉄砲伝来から三十年以上が経過して、大規模ではないにしろ、全国で生産されるようになってきていたことも、また事実である。

「現在敦賀に配備されている鉄砲は三百余りとなっています。根来衆などから裏の伝手を使って買い入れてはおりますが、高価なこともありますゆえ……」

 そう答えるのは景建だ。
 鉄砲の配備は敦賀を優先して行っており、そのため鉄砲調達の主な責任者の一人が景建である。

「やはり自前での生産を本格的に進めた方が良さそうだな」

 実を言えば、鉄砲の生産についてはすでに始めている。
 一乗谷には国友から招聘した鉄砲鍛冶の国友六左がいるからだ。

 六左には鉄砲ではなく貨幣製造のために招聘したのであったが、この一年で弟子も増え、貨幣の製造に関しても軌道に乗ったことで、本来の職と兼任してもらうことになっていたのである。

 そのためすでに何丁か製造されており、中には国崩しと呼ばれる大筒の製造にも取り掛からせていた。
 いわゆる大砲である。

 そのために、良質な鉄を生産する手段として反射炉といったこの時代にはない技術を用いたものを作ったりもさせていたのだけど、まずは鉄砲生産に重点を置いた方がいいのかもしれない。

 とはいえ問題は生産体制の確立だった。
 これが整わない限り、効率の良い生産はできないだろう。
 また新たな投資が必要になるが、これも急がせた方が良さそうだ。

「鉄砲に関しては平泉寺を使って生産させる。あの生臭坊主どもも、少しは働くがいいだろう」

 景建が信長に悟られないようこっそりと購入している根来寺も、僧兵が鉄砲で武装しているとかで、延暦寺といい本願寺といい平泉寺といい、この時代の坊主どもは本当に厚顔無恥な破戒僧ばかりである。

 そういえば平泉寺で思い出したが、この前ここに面白い死霊が訪ねて来たな。
 名は東尋坊とかいう元坊主で、平泉寺の者だったらしい。

 平泉寺の糞坊主どもに復讐を! とか言ってやって来たので、叩きのめして臣従させたのである。
 今では直隆に預けてあるけど……まあ余談だったか。

「技術はともかく問題は鉄だな。毛利との通商である程度は確保できるとは思うが」
「しかし姫、事は鉄だけではすみません。弾薬についても調達が難しくあるのです」

 景建の言に、分かっている、とわたしは頷いた。

「硝石だろう?」
「まことにその通りでして」

 鉄砲には当然火薬が必要になってくるが、この火薬はいわゆる黒色火薬と呼ばれるものであり、木炭と硫黄、硝石を混合させて作られる。

 木炭は言うに及ばず、硫黄もこの日ノ本は火山大国だけあって、豊富に産出するから問題無い。問題なのは硝石で、これはもっぱら輸入に頼るしかなかったのである。
 とはいえ現在では国内で生産する方法が発見されており、主に古土法と呼ばれるものが用いられていた。

 しかしこれは産出量が少ないという欠点もあり、そのため硝石の確保には難儀しているのが現状だ。

「これについては問題無い。実は硝石を得る新たな方法が見つかっており、その方法もすでに伝わっている」
「なんと」

 驚いたように景建が目を見開いた。
 越中国の五箇山では培養法なる硝石の生産方法が確立されており、この技術は門外不出であったが、実は隣接していた飛騨の白川郷にも伝わっていたのである。

 そのため内ヶ島氏理に命じて、以前からこの生産に取り組ませていたのだ。
 また今回の出兵も、北陸を平定することで越中の五箇山を手中に収め、技術を独占することで、問題無く硝石を得るという目論見もあったのである。

 これを敵対国には流さず、同盟国には売りつければ、また一儲けできるというものだし、な。

「火薬に関してはわたしに任せておけばいい。景建、お前は鉄砲を買い付けつつ、毛利からの鉄の輸入を増やせ。もちろん毛利だけに頼る必要性は無い。明との交易からも手に入れろ。鉄の量が、生命線になると思え」
「はっ。畏まりました」

 国際港である敦賀湊を擁しているからこそ、だ。
 明との交易は義景の時代でも行われており、資源を確保するための重要なルートだった。

 昔からよく言われるが、鉄は国家なり、である。
 まあこの時代からすると、ずっと後の時代の話ではあるけれど。

「さて、次だが――」

 こうして評定はいつもの如く長時間に及び、くたくたになってしまったわたしであったが、緊張した状態で同じ評定に臨んだ家臣どもの疲労はもっとだっただろう。

 結局わたしが色々考えすぎているきらいはあるものの、今は仕方が無い。
 国が軌道に乗るまではな……楽はできないか。

     ◇

「くうぅうう! 気持ち良すぎるわ!」

 評定が終わり、夜になって自室でわたしがくたびれているのをいいことに、乙葉が尻尾に抱き着いて何やら悦に浸っていた。

「……乙葉様。あまり狼藉を働くと、殺しますよ?」

 隣で雪葉が殺意に瞳を光らせているが、欲望の渦に落ちてしまった乙葉にはまるで効果が無いようである。

「何言ってるのよ雪葉! ほら、この尻尾触ってみたら? 凄い艶とこのもふもふ感! あぁ、幸せ~」

 乙葉が抱き着いているのは、当然わたしの尻尾である。
 自分だって四本も持っているくせに、どうしてだかわたしの尻尾がお気に入りのようで、こうやって時折抱き着いてくるのである。

 そういうわたしは雪葉の膝枕に乗っかりつつ、乙葉の尻尾を布団代わりにしてぐったりしていたのだが。

「姫様、今日はお早くお休みになられては如何です?」
「……いや、後で景建と会う約束がある。あいつは明日には帰ってしまうからな」

 評定は終わったとはいえ、これで解散、というわけでもない。
 詰めに関しては各城主どもと個人的に面談することになっており、遠隔地から来ている者を優先にしていた。

 今回は飛騨の関係者は来ていないので、敦賀を治めさせている景建が最初ということになる。
 特に加賀出兵の後の越前の守備の要となる人物だっただけに、念には念を入れるため、時間が押しても大丈夫なように今夜にしたのだが……下手をすればわたしは徹夜で明日の面談に臨むことになるわけで、少しだけ憂鬱でもあった。

「しかし、わたくしは思うのですが、少し姫様の負担が大きすぎるのではないのですか? これでは休む暇もないではありませんか」
「妾と遊んでくれる時間もないものねえ……」
「自分で選んだ道だからな」

 仕方が無いといえば仕方が無い。
 一度始めてしまった以上、手を抜けば滅ぼされるだけであるし、それでわたしだけが仮に生き残ったとしても、面白くもない結果である。

「ただお前達のおかげで少し楽になったのも事実だ。感謝してやる」
「そんな、勿体ない……。我々の働きなど、姫様の足元にも及びません」
「ええ~、そんなことないよ? 妾はしっかり働いているし」
「乙葉様、少し黙りましょうね? まだ永遠の眠りにはつきたくないのでしょう?」
「色葉様~、雪葉がいじめる~!」

 まったく元気な二人である。
 とはいえこういう居場所があることも、以前とは違って心安らぐのだから、これも悪くはないのだろう。

「雪葉、耳を触れ」
「え? ですが」
「いいから触れ」

 わたしの言葉に、やや躊躇いながらも雪葉がわたしの耳へと指を近づける。
 ひやりとした感触。

「そのまま撫でろ。優しく、な」
「……仰せのままに」

 ふさふさの耳を撫でられて、とても気持ちがいい。
 身体が疲れていることもあってか、至福の時間である。
 ああ、たまらないな……。

「刻限になったら、起こせ……」

 そのまま気持ち良さに身を委ねながら、わたしは軽い眠りへと落ちたのだった。


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