朝倉天正色葉鏡

第45話 評定-内政

朝倉天正色葉鏡 北陸統一編 第45話

     ◇

 年が明けて天正四年一月。

 恒例となった年始の行事やら挨拶を済ませたあと、定例となっている評定を執り行った。
 これは軍事、内政、外交といった諸事に携わる家臣を一同に集めて隔月で行っている、報告及び方針決定のための場である。

 そのため各地の城主や城代、城将などや、奉行衆なども集まってきており、これはいつも一乗谷にあるわたしの居館にて行われていた。
 この居館には越前国内でも最も広い大広間があるので、評定にはちょうどいいのである。

 もっとも冬という季節もあって、今回の評定には移動の困難な飛騨衆や白峰衆は参加していない。
 わたしのことを気にしてか怖がってかは分からないが、何が何でも来る、とか抜かしていたので、遭難するくらいなら来るなたわけ、と事前に釘を刺しておいた。

 雪に滅法強い雪葉あたりを迎えに出せば安全なのかもしれないが、雪葉はわたしの身の回りの世話をすると同時に、秘書のような役割を担っている。そのため一日でも傍を離れるのは不都合である、という事情もあった。

 ちなみに乙葉は基本的わたしの護衛、ということになっているが、実際には晴景の護衛の任に当たっていることが多い。
 これは晴景が朝倉と武田を結ぶ重要人物であり、何よりわたしの夫、という位置づけであるからだ。

 人に対して上から目線の乙葉も、晴景がわたしにとってかなり重要な所有物であると認識していることや、晴景自身が妖を恐れず、わたし同様に乙葉を可愛がってくれていることもあって、お互いにうまくやれているようである。

 ともあれ本日の評定は、わたしを上座にして、その左右に夫である晴景、義父である景鏡、その他城主や城代、奉行衆やその他の関係者が居座り、わたしの後ろには秘書としての雪葉や乙葉が座って、議事録を取るために筆を走らせていた。

「初めに内政からの報告を聞こうか。まずは普請の進捗状況」
「はっ」

 応えたのは普請奉行である。

「まず新たに築城していたもののうち、丸岡城は完了し、北ノ庄城は何とか来年までには完成する予定となっています。また疋壇城に関しましては街道に設置する城戸の方を優先させているため、現在の人員では今年中には不可能かと思われます」

 他にも細々とはまだあるが、国内で普請している大きなものといえばこの三つである。

「景忠、城の具合はどうだ?」
「まことに良き城と心得ます」
「そうか。後でも話すが、今年は加賀攻めを予定している。特に堀江の者には働いてもらうつもりだから、そのつもりでいろ」
「仰せのままに」

 坂井郡を拠点として新たに普請させた丸岡城は、堀江景忠へとわたしが与えたものである。

 万が一越前国境を加賀方面から侵され、越前国へと敵の侵入を許した場合、九頭竜川の手前にあるこの丸岡城をもって、徹底抗戦させるための拠点だ。

 そのためかなりの防御力を有した、平山城である。
 小高い丘にあるため、その眺望は良く、この越前一帯を見渡すことができる。
 かなり重要な拠点の一つといっていい。

「父上、北ノ庄城は今の人員で来年までにはできるのか?」
「恐らくは、な。ただなにぶん、類をみない巨城ゆえな……どうしても時間はかかろう」

 朝倉の本拠となる北ノ庄城は、史上空前の規模での普請を行わせている。
 縄張りも相当に広い。

 この城は平野部にある平城で、どちらかというと見せるための城を意識した作りだ。
 石材には近くの足羽山で採掘される笏谷石をふんだんに使用。これは柔らかくて加工しやすく、また普段は青緑色であるが水に濡れると深い青色に変化することから、その美観を際立たせるに十分な素材であった。

 一方で防御を疎かにしているわけでもなく、二重、三重の水堀を巡らしており、また七層の天守と、その規模は戦国屈指の大きさである。
 ここの普請状況は、わたしもちょくちょく視察に行っていたが、やはり巨大なだけあって、そう簡単には終わりそうも無い。

 来年、とは言っているが、実際に城下まで整備されることを含めると、まだまだかかるだろう。
 ただこれはこれでいいのである。

 北ノ庄城の普請には当然銭がかかっているが、これは一種の公共事業であり、労役ではなくあくまで労働として民を雇い入れており、銭をばら撒いていた。

 つまるところ、景気対策の一環なのであるが、これについてはまた後だ。

「まあ、順調というところだろう。最後に……疋壇城の増改築について景建、何か不足は無いか?」
「普請奉行も申しておりましたが、やはり人員不足が否めません。城戸の方は予定通りに完成するかと思われますが、城との同時進行は難しいでしょう」

 そう言うのは敦賀郡を任せている朝倉景建である。

 敦賀郡は木の芽峠で他の主要な越前国と分断されているきらいがあり、また周辺は他国領ということもあって、人員を集めにくいのだ。
 また北ノ庄城普請のため、人員がこちらに集中していることも要因だろう。

 疋壇城は近江から越前に通じる交通の要衝にあり、軍事的な意味からわたしはここに街道を塞ぐ形で、堅固な壁を作らせている。
 その拠点となるのが疋壇城なのだが、これも後の議題だ。

「疋田の長城は早急の課題だからな。これは急がせろ。不足のものについては後で書面で出せ。検討する」
「はっ」

 城の普請については、疋壇城を最優先にした方がいいかもしれないな。

 ただ北ノ庄城の普請は経済活動の促進につながり、人口増加や税収増加につながるわけで、間接的には疋壇長城普請に必要な人員や費用を捻出してくれることになり、おいそれと規模を縮小するわけにはいかない。

 難しいところか……。

「次は財政だ。勘定奉行、報告しろ」
「はっ。前々年は税の免除を行ったため、それ以前にあった蓄えは全て底をついております。昨年より新たな税制の元で始めた税の徴収については、今のところうまくいっています」

 一昨年はこの越前を平定したばかりであり、民への慰撫と人気取りもかねて、一切の税を免除したのである。
 そしてその間に新たな税制を作り、施行されて最初の徴収となったのが昨年の秋のことだった。

 まずは検地を行い、その土地の所有者や耕作地を確定させ、石高を確定。それによると、越前国全体でおおよそ五十万石、という結果になった。

 この検地はかなり厳しく徹底させたが、それでも抜けや洩れがあるのは間違いない。民は田をあちこちに隠しており、素直に報告しない者が多いからである。

 史実の江戸時代などの検地はいい加減で、額面の税率よりも実際には低かったのはそういう理由で、しかしこれが江戸時代の発展を促したというのだから皮肉なものだ。

 そういう側面もあるので、厳しく検地はさせたが執拗にはさせていない。こういう遊びというのは、民の生命線になるからである。

 とはいえ甘くもないので、数年置きに地域別で順次、再検地を行う手はずになっており、周知していた。
 これは新田開発を推奨していたからであり、逆に言えば次の検地まではその新田は無税である、ということになる。

 ちなみに税率は旧朝倉時代よりも多少上げている。しかし一方で、土地に対する二重課税を全て取り払った。
 これはこの時代、一つの土地に対して複数の者が権利を主張し、それぞれが税をとっていたからである。

 例えば朝倉氏に税を納める一方で、その土地の有力国人にも税を払う、というものである。
 他にも寺社勢力なども、そういった二重課税の温床になっていた。
 それを取り払ったのである。
 つまり徴収の権利を朝倉氏に一本化させたのだ。

 これは民にとって実際に払う税が少なくなることを意味し、減税に繋がっている。だから多少税率を上げたところでも、実際には減税であり、民は不満どころか喜ぶ始末だった、というわけだ。

 もっとも当然、それまで好き勝手に税をとっていた国人どもは反発した。
 しかし越前一向一揆により、国人や寺社勢力もかなり衰退したことによって、組織だった反発が不可能になっており、そもそも彼らが有する民が従わない。

 中にはそれでも反発する者どももいたが、そういった輩にはわたしが出向いて脅迫……もとい説得し、それで聞き入ればよし、入れぬのなら国外退去、もしくは攻め滅ぼしてやった。
 実際にいくらか一族を血祭にあげた例もある。

 わたしはそこまで優しくないし、このみせしめは効果があったようで、今では反発らしい反発は起こっていない。

 一向一揆の例をみても分かるように、民を味方につけた方が強いのである。
 宗教に頼る気は毛頭無いが、民にとっては安定した不足の無い生活の方が、宗教よりもありがたいということだ。

「新たな貨幣の流通はどうなっている?」
「概ね好評をもって受け入れられているようです」
「だろうな」

 新たに製造した新貨幣は、現在流通している永楽銭などに比べたら、比べ物にならないくらいの精緻さで作られている。
 良銭とされている永楽銭自体が、鐚銭にされかねないくらいの品質の差だ。

 ちなみに普及にあたっては、まずは民からの米の買い取りの際の支払いによって、初めて流通させた。

 これは貫高制を維持するにあたり、いったん民が作った米を一定の上限を設けて朝倉が買い取り、その時に支払われた銭によって改めて税を納めさせる、という形態にもっていったからである。

 早い話、国内の米は朝倉が全て管理する、というわけだ。

「新貨幣の製造状況は?」
「絶対数では不足していますが、高額通貨を同時に流通させているため、今のところ製造が追いついていない、ということはありません」

 天正大宝と呼ばれる五文銭を主として発行していることで、単純にいえば一文銭の五倍の生産力があるといっていい。

 またこれは製造費と貨幣の額面の価値の差が利差也となって、一文銭を製造するよりも遥かに儲かるという利点もあった。
 これは税収以外の重要な収入源でもある。

 この五文銭がうまく受け入れられるかどうかはやや不安もあったが、今のところうまくいっているようで何よりだ。

「とにかく今年中に民は持っている旧銭と新たな貨幣を交換するよう徹底させろ。来年からは撰銭させるから、持っていても損をするだけだぞ」

 これもまた来年以降の新たな収入源となる予定の事案である。
 国内である程度流通し終えた後は、領国外での流通を図る。

 この時代は撰銭が横行しており、当然我が国の新貨幣の相場は従来のものに比べて上がると予想される。
 つまり新貨幣一枚で、複数の旧銭と交換になることは明白で、それで手に入れた複数の貨幣を改鋳することで、少ない製造費で資金を増やしていくことが可能なのである。

 もっとも他国ではたまったものではないので、当然撰銭を禁止してくるだろうが、禁止したところでうまくいかず、撰銭は横行していたことは歴史が証明している。

 まあ結果が出るのはもう少し後のことだろうが、とりあえずは順調ということか。

「ああ、色葉。そういえば昌幸から、その新たな貨幣は飛騨でも流通させるのかと聞かれたことがあったぞ」

 不意に口を挟んだのは晴景である。
 軍事に関してはともかく、内政や外交に関してはいま一つのようだったので、まだ若いうちにと徹底指導中であったりする。

 わたし自身も勉強中ではあるのだが、優秀な人材は多い方がいい。
 ついつい他人に対して色々教育じみたことをしてしまうのは、教師だった頃の名残かもしれないが。

「そういえば飛騨平定の時に、軍資金としていくらか持っていったんだったな。なるほど、目敏い奴だ。しかし……そうか」

 来年以降、新貨幣が領国外に流通して困るのは、同盟国の武田も同様である。

「同盟国に関しては、何か救済措置を事前に講じておいた方が良さそうだな。次の評定までには雪も解けるだろうから、それまでに具体案を考えておこう」

 宿題として、晴景に考えさせるのもいいかもしれないな。
 よし。

 その後内政に関して細かな報告がなされ、それに対する意見を出させ、わたしがまとめつつ次の議題へと移る。
 外交及び、各国の情勢について、である。


 次の話 >>
 目次に戻る >>