朝倉天正色葉鏡

第44話 飛騨平定

朝倉天正色葉鏡 北陸統一編 第44話

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「見て雪葉! ほうら、凄いでしょう!」

 一乗谷の奥まった場所にある一乗滝。
 そこに設けられた小さな庵にいた雪葉へと、嬉しそうに尻尾を振るのは乙葉だった。

「姫様にご褒美を頂いたのですか?」
「そう! うん、そうなのよ!」

 乙葉の尻尾がこれまでの三本から四本に増えている。
 それを振って、嬉しそうにしている乙葉の顔は、普段の勝気な表情が完全に緩んでしまっていた。
 よほど嬉しかったのだろう。

「それは良かったですね」
「うん、うん! あとアカシアもありがとう! あなたのおかげよ!」
『恐縮です』

 少し離れているものの、アカシアの声は、しっかりと乙葉にも届いていた。
 これは乙葉もまた、色葉の臣として認められ、なおかつその系統に含まれたゆえである。

 天正三年九月。

 甲斐より帰国した色葉は、まず伴った者を慰労した。
 図らずも初陣を果たした山崎景成は旗本として取り立てて、傍衆として近くに仕えることになる。
 これは貞宗の負担を減らす意味でもあった。

 また乙葉は正式に色葉の臣となり、長篠での働きの褒美として、色葉が戦場で新たに得た数千の魂の内、千近くを与えたのである。

 これにより、乙葉の妖力は劇的に向上。
 その証左として、失われていた尻尾が一本、増えたという次第であった。

「雪葉もご褒美もらったの?」
「ええ、もちろんです」

 当然色葉は雪葉にも、乙葉に与えたものと同じだけの魂を与えていた。
 その時点で雪葉の妖気は、この世界に生まれ変わったばかりの色葉の妖力を凌駕している。

「なんだ……。せっかく少しは雪葉に近づけたかと思ったのに、これじゃあ変わらないじゃない」
「乙葉様。我々は自分のためではなく、姫様のために強くあらねばならないのですよ。わたくしに対抗しても、それは詮無いことでしょう」
「それはそうだけど。でも色葉様ももっとお強くなったのよね?」

 二人に色葉が与えた魂を差し引いても、残った魂は二千を超える。
 消化するには時間がかかるが、それでもそれを力とすれば、例えば互角の戦いを演じた望月千代女などと再戦に至ったとしても、軽くあしらうことができる程度の力にはなるはずだった。

「その通りです。本来ならば、わたくしどものことなど気にせず、ご自分のためにご使用になられれば良いものを、こうして下賜して下さったのです。その期待にはしっかりと応えるのですよ?」
「もちろんでしょ。千代女の所に比べたらずっと待遇良いし、優しくしてくれるし。不満はないわ」

 そう頷いて、乙葉は視線を移す。
 滝のすぐ傍には色葉が座り込み、本を手に読書していた。
 もちろんアカシアである。

 この一乗滝は夏でも涼しく、避暑地としてよく色葉は雪葉や乙葉を伴って訪れており、今日もそんな平常の光景であった。

「さあ乙葉様。昼餉の用意を手伝って下さいね」
「はあい」

 乙葉も今日はご機嫌であり、素直に雪葉の言葉を聞いてその手伝いをし始める。
 それは束の間の、穏やかな日常であった。

     ◇

 天正三年十一月。

 姉小路氏の居城・桜洞城は朝倉、武田両軍に完全に包囲され、絶体絶命の危機に陥っていた。

「これではもはやどうにもならぬではないか」

 姉小路当主・姉小路頼綱は歯ぎしりして包囲の軍勢を眺めやる。
 桜洞城は周囲に空堀などを巡らせて、一応の城という形態はとっているものの、その実は居館といった方が正しく、防御力には不安があった。

 しかも朝倉勢五千に、武田勢七千。
 合計で一万以上の軍勢に囲まれて、もはや活路は無いに等しく、城内の士気も著しく低下していた。

 唯一の望みは同盟国である織田家からの援軍であるが、朝倉勢の侵攻があまりに早く、電撃的であったため、援軍の要請を行う間も無く包囲されてしまったのだった。

 その原因は、内ヶ島氏理である。

 内ヶ島氏の治める白川郷は飛騨における独立勢力であり、その領地は広くはないもの非常に峻嶮で、攻めるに難い地形であった。
 これまで何度も攻め込んだことはあったが、ことごとくが撃退されてしまっている。

 朝倉よりの侵攻の前に、臣従を迫る外交はあったのだが、頼綱はこれを無視。
 朝倉勢が飛騨に侵攻するには内ヶ島領を通過せねばならず、ここを落とさないことには先には進めない。

 つまり仮に侵攻があった場合、内ヶ島氏が防波堤になっている隙に、織田に援軍を要請すれば十分に間に合うという算段があったのである。

 ところが朝倉勢はすでに白川郷に至っており、一戦も無くこれを通過。これは氏理が朝倉に臣従していたことを知らなかったためであるが、ともあれ朝倉勢は一気に進軍し、支城を落としつつ桜洞城を包囲してしまったのである。

 更に悪いことに、遅れて武田の援軍まで到着し、その軍勢は膨れ上がってもはや対処できない事態に至ってしまったのだった。
 いつの間にか、朝倉と武田が同盟までしてしまっていたのである。

 そのため進退窮まった頼綱は抵抗を断念。
 総大将として出陣していた朝倉晴景に降伏し、無血開城したのであった。

     /色葉

 桜洞城へと入ったわたしの前に、降伏した姉小路頼綱が引っ立てられてきた。

 左右には婿である晴景に、武田方の総大将である馬場信春や、副将の武藤昌幸などがおり、途中で合流した白川衆の内ヶ島氏理の姿もある。

 その中で、表向きの総大将である晴景よりも上座にふんぞり返ったわたしをみて、頼綱は面食らったような顔になっていた。

「お前が姉小路頼綱か?」
「そ、そうだが……。貴殿は何者か?」
「俺の妻だ」

 臆面も無くそう答えたのは、わたしの傍らにあった晴景である。

「妻、ですと……? しかし何故……戦場に……?」
「俺より強いのでな。しかも美しい。俺に相応しい妻とは思わぬか?」
「は、はあ……」

 何やらわたしの自慢を始める晴景に、わたしは小さく咳払いしてから遮った。

「晴景様。そういうことはわたしのいないところでやってくれ」
「うん? そう恥ずかしがらずとも良いと思うが」
「……恥じ入る余り、つい捕虜どもを皆殺しにしたくなってきたぞ?」
「ひ、姫、それは……」

 慌てたのは、別に控えていた氏理である。
 信春などは苦笑しているし、昌幸などはやれやれといった顔になっている。

「冗談だ。とはいえ、選ぶのはこの者次第だがな」

 立ち上がったわたしは頼綱の目前まで歩むと、その顔を無遠慮にのぞき込んだ。

「生きたいか? 死にたいか? 死にたいのなら、無益な血を流さず降伏したことを功として、楽に死なせてやろう。自刃させてやってもいい。生きたいというのならば、わたしの奴隷になれ。裏切りたければ裏切ってもいいが、その時は生まれてきたことを後悔することになるぞ?」
「あ……か……」

 わたしから放たれる異様な妖気に、頼綱は声も発せずに震えだす。

 胆力だけならば、氏理の方が上かな。
 以前似たようなことをしたのを思い出しつつ、わたしは姉小路頼綱の評価を少し下げた。

「待て待て、それではいかんぞ色葉。俺に任せておけ」

 と言って割って入ったのは晴景である。

「良いか。何も怯えることはない。かつてはそなたら姉小路は武田に臣従していた身。我も武田の出ゆえ、悪く扱うつもりはないのだ。我が妻はこう見えて存外優しいぞ? 働いた分は必ず報いるからな。此度のことは忘れ、朝倉に仕えよ。本領は安堵できぬが、働きによっては相応の領地も与えよう。どうだ?」
「は……ははっ! もとより降伏した身の上。どうぞよしなに願いまする!」

 というわけで、あっさりと臣従したのである。

 飴と鞭。
 わたしが脅して心胆寒からしめた後、晴景が懐柔。
 予想通りうまくいったようだ。

 これでわたしに恐怖する一方で、晴景の命には素直に聞くようになるだろう。
 わたしが悪役のようで少々不満ではあるものの、適材適所であることは認めるところだ。

 ちなみにこの姉小路頼綱のことは、元から生かして利用するつもりであった。
 実はこの男、妻が斎藤道三の娘であるため、織田信長とは相婿の関係なのである。

 そのため織田との同盟は、ある意味徳川との同盟よりも強固な部分もあった。
 ここで処刑でもしてしまうと、信長の余計な感情をあおってしまう恐れがあり、それを避けたというわけだ。

 また頼綱は朝廷や公家とも繋がりが深い。
 今後、それを利用できる日もくるだろうと読んでのことだった。

「頼綱、来年には加賀に出兵する。その時の先陣を任そう。働き次第では晴景様の言ったように、切り取った領地をくれてやる。しかし働きが悪ければ、一向宗どもに殺されると知れ」
「ははあ!」

 頼綱は畏まって頭を地に付けんばかりに平伏し、絶対の服従を誓った。
 見ていて哀れなほどではあったが、氏理などはあれで案外同情しているのだろう。
 何しろ自分も通った道である。

「氏理。しばらくはお前に預ける。よきにはからえ」
「はっ。畏まりました」

 よし、頼綱のことはこれでいいだろう。

「昌幸、以前した約束は覚えているな?」

 わたしは再びふんぞり返ると、昌幸に向かって声をかける。

「この飛騨のことであるかな?」
「そうだ」
「まことにいただけるので?」
「やる。そういう約束だったからな。ただし、飛騨はまだ平定されていない。最後の仕上げはお前がしてみせろ」
「ふむ……」

 わたしが何を言いたいか、昌幸にもすぐに分かったことだろう。

 この飛騨は姉小路氏の支配するところではあったものの、全てを掌握できていたわけではない。例えば内ヶ島氏などは、ほぼ独立した勢力としてあったし、他にも有力な国衆が姉小路氏の支配を受けず、独自の勢力を誇っている地域もあった。

 それが高原諏訪城を本拠とする、江馬氏である。

「つまりそれがしに高原諏訪城を落とせと……それが試験ということか?」
「これからこの飛騨を治めるのであれば、ここらで名声を高めておいても損はないだろう?」
「相手は小勢だが、上杉が絡んでくるからな……。早々に落とす必要があるから、決して容易ではないぞ」
「よくわかっている」

 その通りで、わたしが姉小路氏を速攻で服従させたのは、織田が出張ってくるのを防ぐためだった。

 江馬氏の場合は、武田と上杉の間でどちらにも従いつつ、その存続を図っている国衆であったため、武田が無理強いをすれば、江馬氏は上杉にすがりついてしまうだろう。

「しかし……御館様は上杉とは争わぬ方針である。ここで武田が兵を出せば、外交問題になりかねないが」
「朝倉の兵を使えばいい。別に構わないぞ? 飛騨は協力して落とすことになっているからな」

 いかにも寛大な風に言ってやったが、当然それだけでないことには昌幸も気づいていた。

「朝倉の兵を、か。それではそれがしは、朝倉の臣と見做されかねないな。それが狙いか」
「ふふ、それもよくわかっている」

 思わず笑みを浮かべてしまったが、相変わらずの邪悪な笑みに見えてしまったようで、昌幸は顔を引きつらせていた。

「……色葉よ。どうしてそなたは時折そういう世にも恐ろしい顔になるのだ? せっかくの美人が台無しではないか」

 やれやれ、とか言う晴景が小憎らしい。
 少しはわたしのことを恐れてくれれば扱い易いのに、そういうところが少しもないから苦手なのだ。

 とにかく調子が狂う。
 わたしは少し拗ねたようになって、言ってやった。

「晴景様、昌幸はわたしのものになってくれぬと言う。だから少しいじめたくなっただけだ」
「兄上が昌幸を手放すわけがなかろう。父上に我が両眼の如く、とまで言われた男であるぞ?」
「知っている。だから欲しいんだ」

 素直にそう言えば、それもそうだな、と頷く晴景。
 頷かないでいただきたい、とか言っている昌幸は無視である。

「信春、別に構わないだろう? 昌幸の手腕、ここで見せてもらっても」
「良いとも。こき使ってやれば良い」

 よしよし。
 信春は話が分かるから好きなのだ。

「とにかく冬までには決着をつけて、帰国する。積雪で帰れなくなるからな。いいな? 昌幸」
「相変わらず無理難題を……」
「働き甲斐があるだろう?」

 何だかんだと愚痴っていた昌幸も、いざ事に取り掛かると迅速で、また謀多く、七日とかからずに高原諏訪城の城主・江馬輝盛を降してみせた。
 やはり思っていた以上に優秀な男である。

 当初の予定通り今年中に飛騨をほぼ制圧したわたしは、かねてからの約束を果たした。
 すなわち飛騨一国を武藤昌幸に与えたのである。

 もちろん昌幸は武田家臣のままであるが、領地は朝倉のものであり、基本的な内政に関しては朝倉のやり方に従ってもらう一方で、飛騨の軍権に関しては、かなりの裁量を与えている。

 本人にとってはなかなか難しい立ち位置になってしまっているが、そこはうまく乗り切ってもらおう。
 これも朝倉と武田の為である。

 そして同年十二月。
 雪が降り始める中、飛騨の仕置きをすませたわたしは、越前への帰途についたのだった。


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