朝倉天正色葉鏡

第43話 仁科盛信

朝倉天正色葉鏡 越甲同盟編 第43話

     ◇

「何だ。浮かない顔をしているな?」
「いや、そのようなことは」

 甲斐から信濃に向かう道を同行している昌幸に向かって声をかければ、慌てたように首を横に振ってみせた。

「貧乏くじでも引いたかのような顔をしているぞ?」
「最後の最後で何かとんでもない無理難題を仰せつかりそうな予感がしていてな。杞憂であればよろしいが」
「何だ。よくわたしのことが分かってるじゃないか」

 にやりと笑ってみせれば、ぎょっとなる昌幸。
 この男はからかい甲斐があるので、けっこう好きだった。

「それがし、腹痛が」
「構わんぞ? ここで下せ」
「……相変わらず性格のお悪い……」

 恨めしそうな顔になりつつも、気を取り直して昌幸は改めて尋ねてきた。

「で、如何様な難題を?」
「わたしの家臣になれ」
「は?」

 理解できなかったようで、呆けた顔になる昌幸。

「耳が悪いのか? わたしの家臣になれと言ったんだ」
「いや、何を、はあ……?」

 言葉の意味が理解しているようだけど、理解しているだけで何がなんだか、という顔になっているのが面白い。

「それがしは武田の家臣であるぞ? そのようなことができるはずが――」
「勝頼にはもう話してある」

 これは事実である。

「まあ断られたけどな」
「……それはそうであろう」

 ほっとしたような顔になる昌幸へと、わたしは笑みを浮かべてみせた。
 そのわたしの表情に、昌幸は顔色を変える。
 話は終わりではないと察したらしい。
 その通り。

「しかし勝頼はわたしに大きな借りがあるわけで、無下にもできないわけだ。とはいえお前の力は勝頼も認めているから、手放したくない。それで、だ」

 交渉というのはここからである。

「お前に飛騨一国をやる」
「は?」

 また間抜けな声を上げる昌幸。
 思考が色々と追いついていないらしい。

「この前の会合でも話が出ただろう? 朝倉への結納品代わりに飛騨を平定すると。この飛騨だけど、ここを落とすと美濃は越前、飛騨、信濃と敵に囲まれるわけで、危機感を覚えるだろう。将来的にちょっかいを出してくる可能性は高い。そして朝倉と武田の生命線にもなるわけだから、その重要性は高いことも分かるだろう。しかしここを守れる人材が、朝倉には見当たらなくてな」

 これは正直な本音である。
 朝倉にいた優秀な人材は滅亡の際に討死している者が多く、はっきり言って人材不足なのだ。
 そのため今後教育していかねばならないわけで、今回景成を伴ったのも、その一環である。

「飛騨は朝倉領とするが、そこをお前に任す。そしてとりあえずは武田家臣、という体裁のままでも構わない。ただし朝倉の家臣どもを納得させるためにも、人質は出してもらう。確か娘がいると聞いたが?」
「確かに……いるが」
「ではそれを寄越せ。わたしの弟に嫁がせる。……とはいえまだお互いに幼いだろうから、当面は婚約だけ、ということになるだろうがな。ただそうなれば、お前は朝倉とも武田とも縁続きということになり、飛騨を治めるのにちょうどいい立ち位置になるだろう」

 という話はすでに勝頼にしてあり、その条件ならばと勝頼も手を打ったのだった。
 飛騨は朝倉領か武田領か微妙な立場になるが、緩衝地帯としてはちょうどいいかもしれない。

「……それがしの意見は?」
「そんなものがあるのか?」

 わたしが驚いたように言ってやれば、昌幸は深々と溜息をついたのだった。
 了承の意、というか、もはや服従の意、である。

 ちなみに昌幸は武藤の姓を名乗っているが、もともとは真田の一族である。
 これは途中で気づいたことだった。

 長篠の戦いで兄二人が相次いで戦死し、そのため三男であった昌幸が真田性に復姓して後を継ぐのが史実である。
 しかしそうなってはさすがに今回のわたしの要望は聞き入られなかっただろうから、事前に画策して次男の真田昌輝を伏兵隊として、主戦場から先に離脱させておいたのである。

 そのため戦死は免れたものの、しかしやはり真田家当主・真田信綱は救えず討死となったため、家督を継いで昌輝が当主となっていた。

「御館様のご意思であれば、是非も無いが……。しかし貴殿はよくもまあ、このようなことを考え付くものだ。先に武田に仕えねば、面白き主であったかもしれぬことは、認めざるえんだろうな」
「うん? 武田家臣のままでもいいが、わたしの家臣同様にこき使うつもりだぞ?」
「……飛騨一国をいただけるのであれば、安い代償か」
「飛騨一国で満足してくれるのなら、わたしにとっては安い買い物だがな」

 口には出さないが、それほどこの男のことを買っている、ということでもある。

「それよりも昌幸。我が夫殿になる方は、高遠城にいると聞いているが」
「……ああ、そうであるな。ご挨拶に行かれるがよろしかろう」

 わたしのいわゆる結婚相手であるが、名は仁科盛信という。
 勝頼がかつて諏訪氏の名跡を継いでいたように、盛信も仁科氏の名跡を継いで、仁科姓を名乗っているという。

 年頃はわたしの見た目とほぼ同じで、二十歳には至っていないとか。
 ちょうどいいといえば、ちょうどいい年頃である。

「しかし高遠城は一度入ったが、その時はいたのか?」

 仁科氏は元々信濃国安曇郡の国人であり、その名跡を継いだ盛信は、主に越後上杉との国境警備に従事しているという。

 ただ兄である勝頼の敗戦を知って駆け付け、一度高遠城に入っていたということだが……ちなみに長篠から撤退する際に、わたしも高遠城に入っている。

「その折は切迫し、時間が無かったからであるが、その時にどうやら一目惚れしたとのことであると、耳にしている」
「はあ?」

 今度はわたしが間抜けな声を上げてしまう。

「まさか、わたしにか?」
「然様」

 あの時のわたしは、敵兵を殺しに殺した後で、とんでもなく殺気立っていたはずなのだけど、それを見て、とは。
 やはり物好きな奴である。

 ちなみにその盛信であるが、今回のわたしの帰国を聞いて、国境からわざわざ高遠城までやってきているとのことで、一度挨拶することになったのだ。

 わたしにとっては結婚相手など道具程度の認識しかなかったが、まあ直接目にしておくのも悪くないだろう。
 と、その時はその程度にしか思っていなかったのである。

     /

「ずいぶんと気紛れなことをしたものですね」

 岐阜城の麓にある御殿にてくつろいでいた鈴鹿へと、若い男から声がかかった。
 彼女に与えられたこの居室に出入りできる者など限られており、男はその限られた者のうちの一人だった。
 名を大嶽丸という。

「あら……珍しいですわね。そのお姿」

 男の姿を見て、鈴鹿は小首を傾げてみせた。

「元の姿のままでは、何かと不便でしょう。……このような小さな館では」
「それもそうですわね」

 鈴鹿は同意したが、決してここは小さな館ではない。
 尾張や美濃、近江や伊勢、畿内などを掌握しつつある織田家当主・織田信長が誇る岐阜城の、御殿なのである。

「ところで珍しい……とは?」

 尋ねる鈴鹿に、大嶽丸は小さく吐息した。

「先日の、岩村城の一件です。貴女自ら赴き、加勢するなど、近年には無かったことでしょう」
「ああ……あれのことですか」

 大嶽丸が言うのは、長篠の戦い以後に行われた、東美濃の拠点の一つ、岩村城への侵攻のことである。

「特に織田が劣勢であったわけでもなく、信長殿自らも出陣されたのですから、例え武田勝頼の来援があったとしても、落とすことは可能だったはず。にも拘わらず自ら進んで貴方が岩村城に向かわれたというのは……やはり異例なことでしょう。ですから少し気になったのです」
「大したことではありません」

 やや物憂げな表情を作って、鈴鹿は首を振った。

「殿はとても憂いておいでだったのです。ああ見えて、身内にはとてもお優しい方ですからね。それで見るに忍びなく……つい、ね?」

 岩村城は元々遠山氏が治めていた拠点であり、武田氏に臣従していた経緯がある。
 当主であった遠山景任には、織田信定の娘であり、織田信長の叔母に当たる艶姫が嫁いでいた。

 当時の織田と武田は同盟状態であったが、武田信玄による西上作戦が開始されたことで、両者は手切れとなり、遠山氏は織田方についてしまう。
 これより前に遠山景任が嫡子の無い状態で病死したことで、後継ぎとしてまだ幼い信長の五男・御坊丸を預かり、お艶の方が女城主となって城を守っていたためでもあった。

 しかしここに、秋山虎繁が攻め込んで包囲し、虎繁は自身との婚姻を条件に降伏を薦め、これを受けたお艶の方は開城し、岩村城は武田の手に落ちたのだった。

 このため信長は自分を裏切ったこの叔母のことや、虎繁を憎悪していた節があり、今回執拗に岩村城を攻めさせたのである。

「武田の援軍が来てからでは、やはり面倒なことになるでしょう。ですからその前に、いらぬものを取り除いて差し上げただけですのよ。あの二人の処刑は御覧になって? とても……愉しめましたわよ」

 くすくす、と鈴を転がすように、鈴鹿は言う。

 堅城である岩村城へと単身乗り込み、雑兵を殺戮して二人を捕らえ、散々に嬲ってから信長に差し出したのである。
 その場で二人は刑死となったが、それは鈴鹿を愉しませるには十分な余興となった。

「なるほど。つまりは手助けと言うよりは、ご自身のご趣味のため……というわけですか。それならば納得がいきます」
「あら……そういう言い方は心外ですわ。結果として、殿のお役に立ったのですから」
「結果としては、ですね」

 大嶽丸の物言いに、少しだけ鈴鹿は頬を膨らませてみせたが、そもそも扇子で口元を隠しているので彼に見えはしなかった。

「それにね、長篠では殿が思っていたような戦果ではなかったそうですわ」
「……? 大勝であったと耳にしていますが」
「それでも徳川勢はだいぶやられたそうよ? あれでは当面、東の面倒もみなくてはいけないと、殿はぼやかれていましたわ」

 実際、武田は三河や遠江の領国を維持し、徳川の反攻を防いでしまっている。
 そのためせめて岩村城くらいは、という思いも信長にはあったのだろう。

「では、思っていた以上に武田勝頼は優秀であった、ということですか」
「そうかもしれませんね。虎の子は虎、ということでしょうか。ですが」

 そこで鈴鹿の表情が僅かに変わる。

「ですが……妙な噂も聞きました。どこぞの姫武将が、長篠で無双の働きをして、徳川を蹴散らした……と。しかもその者、尻尾があったそうですわ」
「尻尾? 妖だというのですか」
「ほら……覚えていません? 飛騨でお会いした色葉様のこと」
「ああ……あの。確かに力のある妖のようでしたが、貴女が気にかけるほどのものでもなかったのでは。しかしその妖が武田にいると?」
「さて……どうでしょう」

 色葉の動向については、飛騨以降のことは何も知らない。
 あの時はちょっとした気紛れで、声をかけたに過ぎなかったからだ。

 もちろんあの時の妖かどうかは分からない。
 しかしそうであるのなら、これはこれで良い見物になるのではないかと、鈴鹿は先行きを興味深く思っていたのだ。

「とても……面白くなりそうですわね。殿の天下布武、果たしてうまくいくのでしょうか」

 くすくす、と。
 やはり物憂げな表情のまま、しかし愉しそうに、鈴鹿は笑みをこぼすのだった。

     /色葉

「ねえ……あれ、どうしちゃったの?」

 高遠城からの帰路、あまりにあまりなわたしの姿に驚いて、ひそひそと隣の雪葉へと声をかけていた。

 馬上に力なく突っ伏しているわたしは、馬に乗っているというよりは、もはや荷物か何かのように乗せられていると表現した方が正しいくらいだ。
 何ともな醜態である。

「盛信様にお会いしてから、ずっとあんな調子ですね」

 雪葉もやや不可解そうだ。

「色葉様のあんな姿って初めて見たけど、みんなはどうなの?」
「ありません」
「私もないな」
「見たことないですが」
「それがしもだ」

 貞宗や景成はもちろん、昌幸までそんな風に答える始末である。

「聞こえてるぞ……」

 呻くように言ってやれば、四人はびくりと身体を震わせ直立する。が、立ち直れない私の様子に、小声で内緒話を再開するのだった。

「色葉様でもあんな風になるのね。その盛信っての、凄いじゃない」
「立派な殿方のように見受けましたよ?」
「へえ、雪葉の目に適ったの。なのにどうしてああなるの?」
「さあ……」

 その理由はわたし自身がよく分かっている。
 もちろん、原因は盛信だ。

 初めて目にした盛信は、若くて精悍で、いかにも武将、という感じの男だった。
 こういう男が好きな女もいるだろう。
 わたしは元男だったせいか、別にどうという印象も抱かなかったのだけど、まあ悪くは無い見た目だった。

 それはいい。
 性格の方も、短いながらも色々と観察した上では、それなりに家臣の信頼を得ているようで、人望もあるようだ。
 問題は、あまりにわたしを恐れないことだった。

 普通は惚れた弱みとでもいって、惚れた方が立場的に弱くなるはずなのに、あの男は惚れた強みとでもいうのか、お構いなしにがんがん押してくるのである。

 しかもそれが、鬱陶しくない雰囲気で自然にやってくるものだから、面食らってしまったのだ。
 一応、わたしはいつもの調子で会話し、ある意味で不遜に振る舞ったというのに、むしろ気に入られる始末。
 終始押されっぱなしになり、とんでもなく消耗してしまったのだった。

 はあ……。
 これじゃあ戦場の方が、何倍も楽じゃないか……。

「あれは、惚れた弱みだな」
「惚れた……? まさか、あの色葉様がですか?」

 信じられない、と昌幸に疑問をぶつけるのは景成である。

「あの苦悩ぶり、疲労困憊ぶり。間違いなかろう。……ふふふ、あの方にも天敵が存在したとは、いかにも結構!」

 何やら嬉しそうに昌幸がほざいているけど、ちゃんと聞こえてるぞ。
 何が結構、だ。まったく……。

 まあ、確かに、貞宗らとは違った意味で頼りにはなりそうだったけど……。
 まさか、な……。

     ◇

 天正三年九月。

 予定よりも遅くはなったが、わたしたちは無事越前に帰り着いた。

 そして早くも翌月には盛信が越前に入り、十月には祝言となって、名を朝倉晴景と改名。
 これは盛信が最初名乗っていた晴清のうち一字と、朝倉の通字である景を合わせたものである。
 ちなみに晴という字は、武田信玄の初名でもあった。

 しかも朝倉氏では通字を家臣は上に、当主は下にもってくる、という慣習があり、晴景と名乗ったことから、実質的な朝倉の後継者と目されるようにもなる。

 そもそもにして、実質的に朝倉を支配しているのはわたしなので、その婿である以上自然な流れであり、景鏡はもちろん、家臣どもからも異論は無かった。
 どうせわたしが支配者だから、というのもあるが、表向きは凛々しい若武者の方が対外的には受けもいいだろう。

 景鏡などはそろそろ隠居を、とかほざき始める始末なので、もちろん許さずもっとこき使ってやることにした。
 せっかくわたしが助けた命である。死ぬまでわたしに捧げるのは至極当然だろう。

 越前に戻ってからの圧倒的な支配者ぶりのわたしを見ても、晴景は少しも動じず、やはり大物なのかもしれない。
 またわたしの義理の弟で、景鏡の息子である孫八郎は未だ幼少のため、婚約はしても未だ甲斐へとは向かっていなかった。

 とはいえ元服まで待ってもいられないので、飛騨を手に入れた暁には、武田に送られることになっている。
 景鏡はやや寂しそうな顔をしたが、これも戦国の世の習いであると受け入れ、またわたしに助けられた命である以上、好きに使って構わないと申し出、婚約は正式に決まった。

 これはまだはっきりと決まったわけではないものの、孫八郎は名を諏訪景頼と改めて高遠城に入り、諏訪氏の名跡を継ぐことになっている。
 諏訪氏も高遠城も、かつては勝頼が持っていたものだ。

 孫八郎が武田に向かうまでさほど時は無いものの、みっちりと手ずから教育して送り出す予定である。
 何といっても武田家中に入った朝倉一門の者である。
 将来わたしの役に立ってもらうためにも、ある程度優秀であってもらわねばならないからだ。
 ついでにやや武勇頼みの嫌いのある晴景も、一緒に指導するつもりである。

 ともあれ、あれやこれやとあって、天正三年十月には越甲同盟が正式に発足。

 それまで織田からの使者をのらりくらりと無視し続けてきた景鏡も、ここに明確な独立を宣言し、朝倉再興を内外に知らしめたのであった。


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