朝倉天正色葉鏡

第27話 信濃巫(後編)

朝倉天正色葉鏡 越甲同盟編 第27話

 頷いた貞宗は、どういうわけかわたしではなく、女の方を向いた。

「貴殿に尋ねるが、その姿、信濃巫のものであろう?」
「…………」
「私の名は大日方貞宗と申す。大日方直親様の家臣だった者だ」

 貞宗の名乗りに、女は少しだけ表情を動かす。

「大日方……? では、あの古山城の。あなたも武田の家臣であったということですか」
「そうだ」
「…………。それが、どうしてこのような場所に」
「話すと長くなるが……それはいい。ただ貴殿も武田の家臣であるのならば、ここで争うは不毛ではないか。だからこそ割って入らせていただいた。多少手荒な真似であったが、許されよ」

 ……わたしは許してないぞ、貞宗。

 それはともかく、どうやらあの女は武田の家臣であるようで、元武田家臣である貞宗からすれば、かつての仲間というか、同僚ということになる。

 話し方から察して知り合いというわけではなさそうだが、それでもここで武田と敵対する愚を考慮したのかもしれない。……今後のわたしの方針を話している貞宗からすれば、それを愚と判断することも可能であるし、その上で止めに入ったというのならば納得もいく。

 でもだからといって、主に対して矢を放つなど……いや、まああれ以外にどんな止め方があったのかと聞かれれば、わたしも答えられはしないが。

「貞宗、その信濃巫というのは何だ?」

 聞き慣れない単語について、わたしは貞宗へと尋ねる。

「歩き巫女と呼ばれるもので、その実体は忍びであり、武田氏に仕えて全国の諜報を担っているとされる集団です。その巫女頭が、確か望月千代女という名であったと記憶しています」
「ふうん……巫女を装った忍び、ということか」

 そうか、なるほど。
 女が手にしている直刀は、いわゆる忍び刀というやつなのだろう。

 しかし巫女が武装しているとか、本当に世も末だな。まあ戦国時代なんだからこんなものなのかしれないけど。

「その武田の歩き巫女とやらが、何の用だ? 明らかに喧嘩でも売りにきたようにしかみえないんだが」
「……何の用、ですって?」

 不意に、女が口を開いた。
 その顔はこれまでの無表情ではなく、憎悪に染まったものだ。
 明らかに感情が面に出ている。

 しかもその憎悪は先らかにわたしに向けられていた。
 そういえば先ほどもそうだった。
 これではまるで、怨恨で狙われているようなものである。

「よく言う……妖風情が。我が主を殺したことは、決して許しませんよ……!」

 どうやら間違いなく、怨恨らしい。
 主を殺したって……そんなことを言われても。

「色葉様……」

 貞宗が何やら疑惑の目でこちらを見ている。
 また何かやらかしたのですか――と、そんな風に訴えてくる評定に、当然わたしはむかっとなった。

「何のことか知らないが、勝手にわたしを犯人扱いするな」

 とはいうものの、これまでわたしは相当数のひとを殺している。
 となれば、全く冤罪とはいえないのかもしれないが……。

「ん……? いや、待ておかしいぞ」

 不意に何かに気づいたように、貞宗が顔色を変えた。

「貴殿は今、我が主と言ったな?」
「…………」

 女は答えない。しかし構わずに貞宗は続ける。

「貴殿が信濃巫であるとすれば、その主はお館様ということになろう。つまり――」

 そうか。
 つまりこの女が言っている主というのは、武田信玄ということになるのではないか。

「武田信玄は病死したんじゃなかったのか?」

 ちょうどわたしがこの世界に呼び出された頃に、信玄はこの世を去っているはずだ。

 西上作戦と呼ばれる遠征の最中、信玄は病に倒れて武田軍も撤兵し、織田や徳川は窮地を脱したというのが、一般的な通説のはずである。
 というかこの世界でも同様に進行している。

「たわけたことを」

 憎悪に満ちた声音で、女がわたしを睨んできた。
 わたしでなければ震え上がるような、そんな殺意をぶつけられて、困惑する。
 というか意味が分からない。

「あなたがこの世に現れた頃と、お館様の死は一致します……。そしてお館様が殺されたことは明白。しかもあれはひとの手ではあり得ない。信濃に突如現れた妖。あなたしかいないんですよ。私の仇は」

 なるほど。
 完全に勘違いしているらしい。
 まあ勘違いというよりは、状況証拠からわたしを犯人として踏んだみたいだけど。

 しかし……信玄が殺された、だって?
 これが本当ならば由々しき事態だ。
 史実を知っているわたしの知識とは違う状況になっているのだから。
 もちろん現代に伝えられた歴史そのものが、正しくなかった、ということもあるのかもしれないが。

「待て――それはおかしいぞ」

 積極的に誤解を解くつもりもなかったわたしとは違い、貞宗は律儀に反論していた。

 ……ここは貞宗に任せてみるか。
 どうせわたしが何を言っても、噛み付いてきそうな勢いだしな。

「わたしは色葉様と常に同行していた。色葉様がお館様を亡き者にするなど、絶対に不可能だ」
「…………。大日方の古山城の一件は聞き及んでいます。その身内がその妖と一緒にいるということは、あなたが呼び出すのに加担したというわけですか」
「違う。逆だ。私は戸隠の鬼女を呼び出そうとしていた戸隠衆を監視するよう、仰せつかっていた。阻止できず、あのような事態になったからは、その呼び出された妖を滅ぼすべく色葉様と戦いもした。結果的に捕らえられ、このようなことになってはいるが……」
「それを信じろと?」
「信じなければ貴殿はここで死ぬぞ? それによく調べればわかるはずだ。お館様が亡くなられた日時と古山城包囲のあの日。恐らくお館様が亡くなられた日の方が早い。頭を冷やして考えろ」
「…………」

 貞宗に指摘されて、女は考え込む。
 確かに、という思いもあるのだろう。
 もっとも、だからどうだという気分であるのが、わたしだった。

 冷静になったとはいえ、女に対する殺意が消えたわけではない。
 というより、話が終わったのならすぐにでも殺すつもりだった。

「どうやら誤解だったようだな? しかし、お前を殺すことには変わりないぞ」
「色葉様!」

 慌てたように貞宗が口を挟んでくる。

「武田と誼を通じるつもりであったというのに、ここであの者を殺せば事は破れますぞ! むしろ利用することをお考え下さい!」
「利用?」
「はい。使者が向こうから来たと思えば良いのです。手間が省けたと」
「……合理的だな」

 私は笑う。
 薄ら笑いの類だったが。

「馬鹿か? その女は直隆をあそこまで嬲った挙句、このわたしにも幾度も傷をつけたんだ。死ぬ以外に罪を贖う方法などない」
「――その通りです。しかしそれでも……天下を目指すというのであれば、ここで愚かなことはすべきでないと、愚考いたしますぞ! 私を失望させますな!」

 こいつ……! 言いたいことを言って……!
 まるでわたしを試すようなことを……!

 不愉快だ。
 わたしの感情は間違ってないはずだ――だというのにそれを理屈で否定しようとするなど――……。

 くそ……。
 わたしが葛藤しているのか?
 脅して従わせた奴隷ごときの言葉で……。

 しかし思えば貞宗もあの女に等しい罪を犯していながら、今ではわたしに仕え、十分に役立っている。
 確かにそういう先見性や、度量の広さはこの先必要かもしれなが、その為にはわたしが我慢しなくてはならない。
 この、わたしが。

 ああ、くそ……。
 思考がぐるぐると回り、答えが出ずにいたその時だった。

 どさり、と軽い音がして振り返る。
 見れば女が雪の上に倒れこんでいた。

 すでに意識も無い。
 女の強さは本物だったとはいえ、その肉体はやはりひとなのだろう。

 これまで相当の時間、わたしと戦い続けた上に、腕は砕かれ、肩口には矢を受けて出血していたのだ。
 これまで相当な精神力で耐えてきたのだろうけど、それとて限度はあった、ということか。

 図らずも女が武装解除してしまったことで、やや気が抜けてしまった。

 ……まあ、いい。
 後で考えるとしよう。

「諫言耳が痛い。その女の助命を許したわけではないが、命はいったんお前に預けよう。手当は許す。次にわたしの前に出さすまでに素性を調べ、協力できるか説得するがいい。結果、女にその気が無いのならば、殺す。これは決定だ。お前の言葉でも次はきかない。それでも刃向かうのなら、覚悟しておけ」
「……は。承りました。そして感謝を」
「ふん」

 とりあえず、今の時点の落としどころはこんなところだろう。
 わたしは周囲に集まっていた骸どもを呼び寄せると、直隆の回収を命じた。
 まずは直隆を直してやるのが先だ。

 そしてもう一つ。
 腕の中にいる小娘である。
 さっぱり状況が分からないとはいえ、とりあえず手当てが必要か。
 意識が戻れば何か情報を聞き出せるかもしれないしな。

 そう判断し、手ずから自分の館へと運ぶことにしたのだった。


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