朝倉天正色葉鏡

第25話 下城戸の死闘(後編)

朝倉天正色葉鏡 越甲同盟編 第25話

     /色葉

 下城戸での騒動は、すぐにわたしの耳に入った。

 骸の兵は基本、言葉を話せるほどの力も知恵も無いが、それでは不便だったので、何体かは魂を与えてその存在力を引き上げて、直隆の副将のような地位を与えつつ、各所の守備に当たらせていたのである。

 そのうちの一体が、わたしへと知らせてきたのだった。
 外敵であり侵入者であると判断したわたしは、一乗谷の警戒を上げさせつつ、自ら下城戸へと向かった。

 すでに直隆が赴いており、何者かと交戦中であるという。
 直隆は骸の中でも最も強い。

 生前から猛将であったことも幸いしてか、武芸も達者で常人ではまず敵わない。
 これを倒そうと思ったら、貞宗のように特殊で効果的な呪具を用いつつ、複数で囲むしかないだろう。

 しかし報告ではその侵入者は一人、ないし二人であるという。

「私が見て参りましょうか」

 ちょうど鉱山経営のことで貞宗と話していたわたしは、不要と答えて自ら向かうことにした。

 貞宗は強いが、今は特段武装しているわけでもないし、そもそも直隆でどうにもならないような相手であるのならば、貞宗でもどうしようもない。

 そう、報告では直隆苦戦、とあったのだ。
 嫌な予感がして、わたしはすぐに下城戸へと向かった。

「開けろ」

 城門の内に集まっていた骸どもに命令すると、従順に扉を開け始める。
 開いた先の光景を目の当たりにして、一瞬、全身の毛が逆立ったような気がした。

「なんだ、これは?」

 どうにか感情を押し殺しつつ、ようやっとそう口を開く。
 目に映ったのは、地面に押し付けられた直隆と、それをしている女。

 巫女装束のようなものを纏ってはいるが、明らかに武装しており、その手には太刀とは違う直刀が握られていた。

 そしてもう一人、視界の端に転がる女がいた。
 こちらは生きているかどうかは分からない。
 しかし正直どうでもいい。わたしの知らない相手である以上、気にかける必要はなかった。

 問題なのは、直隆だ。
 あちこちに砕けた骨が散らばっており、すでに立てる状態でもない。
 やったのは、間違いなくこの巫女姿の女だろう。
 その女が、わたしを見て首を傾げた。

「狐憑き……ですか。戸隠の鬼女と聞いていましたが、その実、玉藻でも呼び出したといったところでしょうか……?」
「おい」

 女に声をかけたと同時に、わたしは弾かれるように地面を蹴っていた。
 一瞬で詰まる間合い。
 その顔を掴み取ろうとして、かわされる。

「――――!」

 少し、驚いた。
 不意をついたはずなのに、女はわたしの速度に対応したのだ。

「速い、ですね。……!」

 涼しい顔でそう言う女の顔が、すぐに変わる。
 頬に違和感でも覚えたのだろう。

 手で触れ、滲んだ血を認めて、その柳眉が逆立つのが見えた。
 手を伸ばした時、僅かではあるが爪がかすっていたらしい。

「私に傷を……」

 女のことなどいったん無視して、足元の直隆を抱きかかえる。
 その全身はひどい有様だった。
 具足はあちこち切り刻まれており、腕と足が無く、刀を突っ込まれていた口や歯は砕けている。

「申、し、わ――」
「しゃべるな。すぐに直してやる」

 骸どもは例え破壊されても、わたしの妖気に触れれば再び蘇る。直隆らに対してやったことは無いけど、恐らく同じだろう。
 でもその前に、することがあった。

「少し、待っていろ。どうせだから色をつけて直してやる。……あの女の血と、魂を混ぜ込んで、な」

 それが、わたしの自制の限界だった。
 わたしの所有物を壊されかかったせいか、怒りが次から次へと湧き上がってくる。
 不快で不快で仕方がなく、恐らくあの女を八つ裂きにでもしないと収まらないだろう。

「借りるぞ」

 わたしは決して直隆が手放さなかった大太刀を拾い上げると、それを何回か振るう。
 比較的巨漢の直隆が使っても大きすぎる太刀であるというのに、上背の無いわたしが持っても、長い鉄の棒を持っているようなもので、不安定極まりない。

 もっとも、わたしが持てば何ほどの重さでもなかったが。

「死ね」

 そんな超重量の太刀を持って、しかし先ほどよりもわたしは踏み込み、振るう。
 その勢いと太刀の間合いに、さすがに避け切れないと判断したのか、女は手にしていた直刀を構え――受け止める。

「……!」

 どこまでも響き渡る様な剣戟。
 女は手加減無しのわたしの一閃を、真正面から受け止めてみせたのである。

「ふうん……?」

 実はこうなる可能性は予想していた。
 直隆を圧倒していたことや、先ほどの不意打ちをかわしてみせた時点で、見た目通りの女でないことは容易に想像できたからだ。

 しかしそれでも実際に受け止められて、わたしは驚きを隠せないでいた。
 何しろこの世界にきてから直接相手をした存在の中で、わたしに対して力負けしない相手に出会ったのが初めてだったからである。

「なるほど。力はあるようですね。ですがそれだけですか?」

 冷静に、というよりは冷淡に、女がそう言い――不意に態勢を崩された。

 いったいどうやったのか、女は鍔迫り合いの状態から刃を滑らせ、受け流してわたしの態勢を崩し、さらに間合いから抜けるついでに刃を一閃していったのである。

 脇腹に鋭い痛みが走り、見ればぼたぼたと血が衣装を滲ませていた。

「このわたしに傷を負わせたのは、貞宗に続いてお前が二人目か。ああ……不愉快だ」

 出血など気にせず、わたしは女を後をすぐに追って、太刀を振り下ろす。
 何合と刃を重ねるものの、まるで決着はつかなかった。

 力は、わたしの方が上だ。それは間違いない。
 しかし速さというか、身のこなしが女の方が上なのだ。

 さらにいえば、技の問題もある。
 刀を使う技術の点で、わたしは完全に負けていたのだ。
 そのため踏み込めば踏み込むほど、隙をみせた途端に逆襲されて、わたしが負った傷は増えるばかりだった。

「遅い、遅いですよ。そんなでは私に傷一つ負わすことなどできません」
「よく言う。さっき引っかかれたくせに」
「――狐の分際で」

 今度は女の方から踏み込んでくる。
 どうやら挑発にはかなり弱いらしい。

 あっさりと懐に潜り込まれ、また刃を一閃される。
 そして離れて――今度はそれだけはすまず、振り向きざまに何かが放たれて、それがいくつもわたしの身体に突き刺さっていた。

「……苦無? 忍者かお前は」

 巫女姿の忍者か。
 ずいぶん多才な女である。

 少し呆れつつも、わたしは身体に突き刺さった苦無を引き抜き、放り捨てた。
 女の方も、そんなわたしの様子に警戒したようだった。

 それはそうだろう。
 先ほどから一方的にやられているのはわたしの方だ。
 すでに衣服は自分の血で真っ赤である。

 そんなわたしが動き回ったせいで、周囲に積もった雪にも朱が散っていた。
 常人ならとうに出血死していてもおかしくないような傷である。
 重傷といってもいい。

 それでもわたしは倒れない。
 不気味に思うのは当然だろう。

「……解せませんね。何なのですあなたは? その不死身ぶり、亡者の妖かとも思いましたが、違うようです」
「当然だ。さっきからお前にやられてばかりで痛くて仕方が無い。恨みは晴らすぞ?」

 次はこっちの番とばかりに、思い切り踏み込み、振るう。
 避けられる。

 投げられる苦無を回避しつつ、さらに踏み込む――振りをする。

 少し驚いたように、女はこちらの懐に侵入することを躊躇い、そして離脱を優勢させた。
 こちらの振りを即座に見破ったらしい。
 次に懐に飛び込んできたら抱き着いて、そのまま抱き潰してやろうと思ったのだが。

「……しかも妙な知恵までつけるとは……愉快ではありませんね」
「お前こそ。性格悪いだろう?」
「愚かなことを。この私を、侮辱するのですか」
「図星か。陰気臭い女だ。ばらしても、亡者どもの餌にもならないか」

 無言で女が踏み込んでくる。
 やはり挑発にはとことん弱い。

 だが間合いに入ってくるというのなら――掴んで引き千切ってやる。
 そう思った、瞬間だった。

 足元が急に明るくなり、何かが全身を包み込んだのである。
 火――炎。

 見れば足元に何枚もの札のようなものがばら撒かれており、炎はそこから沸き起こったのだ。
 反射的に驚いたものの、さほど熱くも無い。
 見た目とは裏腹に、あまりわたしには効果が無いようだけど――

『――――!』

 突然、恐慌したような雰囲気が伝わってくる。
 混乱し、慌てふためくような――

「アカシアか!」

 しまったと舌打ちする。
 基本的にわたしはアカシアを肌身離さず持っている。

 どこかに置いていくと後で拗ねるので、不必要にぺらぺら喋らないことを条件に常に持ち運ぶことを約束したのだ。
 それは戦場でも例外ではなくて――

 わたしは慌てて炎から逃れようともがき、雪の中に転がり込んだ。
 わたしにとってはさほどでもない炎も、アカシアにとっては恐らく致命的なのだろう。

 確か耐水性には優れているというのに、一方で耐火性は全くなのかもしれない。
 だから炎を直に受けて、恐慌状態になったのである。

「――無事か!?」

 火が消え、慌ててアカシアに呼びかけた。

『…………はい。問題、ありません。主様と共にある以上、その効果は減殺されるとは理解していたのですが、思わず……』

 ――そうか。

 どうやら耐火性能もあるようだけど、本能的に火が怖いらしい。
 ものが紙でできた本だけに、仕方のないことかもしれない。

『お見苦しいところを……本当に、申し訳……』

 ――いい。

 謝罪しまくるアカシアへとその非を認めず、それはそれとしてわたしは雪の中から起き上がった。
 そんなわたしを、女がまた不思議そうに見つめている。

「火符はほとんど効いていないようなのに、そこまで火を恐れるのですか。獣ゆえ、ということでしょうか」
「うるさい、黙れ」

 直隆どころかアカシアまで怖がらせたのだ。

 もう殺す。
 絶対殺す。

 そんな怨嗟の視線で女を睨めば、知らずの内に洩れいでた妖気の渦に、女が顔をしかめる。

「……恐ろしい妖気ですね。それで亡者を従え、何をする気か知りませんが……そんなことなど関係ないのです。我が主を弑した罪、決して許しませんから」

 わけの分からないことを言うが、どうでもいい。

「許さないのはこちらだ。お前は死んで償え」

 そうやって。
 その女との果てしない死闘が繰り広げられることになるのだった。


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