朝倉天正色葉鏡

第23話 天正三年正月

朝倉天正色葉鏡 越甲同盟編 第23話

     ◇

 そうこうしているうちに時は流れ、天正三年一月。
 やや遅れたものの一乗谷にわたしの館が完成し、正月の祝いということで各地から家臣が集まってきていた。

「餅が食べたい……」
「は? 何をおっしゃっているんです?」

 正月と聞いてついそんなことを洩らしたら、わたしの身支度を整えている貞宗に冷たく聞き返されてしまう。

「雑煮でしたら後で皆に振る舞われることになっています。しかし色葉様には不要では?」

 確かにわたしの身体は食事を必要としないらしく、特に何かを食す必要はない。
 越前平定の時には盛大に貪っていた魂ですら、別段糧ではないのだ。

 アカシア曰く、他人の魂を得て自分の魂に馴染ませることで、存在力とか何とかが上がるらしいが、それには時間がかかるとのこと。

 そのあたりの詳しいことは分からないが、食って美味いのは確かであるが、かといって腹が膨れるわけでもなく、どちらかというと嗜好品に近いものらしい。

「お前、最近扱いが雑じゃないか? わたしは仮にも主だろうが」
「忙しいので致し方ないでしょう」
「お前、なあ……」

 皮肉全開でそんなことを言ってくる貞宗に、わたしは半眼になってしまったが、慣れたもので貞宗は少しも動じなかった。
 まあわたしも本気で不快に思っているわけでもなかったので、いわゆるいつものこと、である。

 実を言えば貞宗も相当多忙だった。
 今のところ唯一のわたしの側近であり、その雑用に忙殺される一方、亥山城の城主として大野郡を治めるために一乗谷と亥山城を常に往復しているものだから、ある意味では景鏡よりも忙しい身の上だったりする。

 しかもまだ小姓のような存在がいなかったわたしには、とりあえず何をするにしても貞宗がこなすことになってしまっていた。
 今日のようにとことん着飾らなくてはいけない時も、その着替えを手伝う始末である。

「しかしお前は多才だよな。家事全般もこなせるし、なかなかいい嫁になるんじゃないか?」
「私は男ですぞ。それに誰のせいでこうなったと……ああ、動かないで下さい」

 ぶちぶちと愚痴を零しながらも、貞宗はてきぱきと衣装をわたしに着せていく。
 根が真面目なせいか、何をするにしても手を抜けないあたりは、まあ美徳でもあるし、損な性格であるともいえるだろう。

「そうだ。この前も言ったが、弓を教えてくれる話はどうなった?」
「……時間があれば、手ほどきしたく思いますが」

 無い、とのことらしい。
 仕方ないか。

 わたしは持って生まれた力はあるものの、実は武芸に関してはからきしだったりする。

 単に力任せに武器を振り回すだけで周囲は吹っ飛んでいくから必要ないのかもしれないが、それでもこの時代、何があるか分からないし、どんな相手がいるか知れないのだ。

 少なくとも自分より上位者がいることは、すでに確認しているし。

「弓ではありませんが、富田殿に習われては如何です? かなりの腕前と聞きますが」
「富田? ああ……この前会った、あいつか」

 貞宗が言うのは富田景政のことだろう。
 元朝倉家臣で剣術指南役でもあり、最近再び戻ってきたのである。

 この人物の兄に富田勢源がおり、中条流という流派の剣豪であったが、目を患ったことでその家督を弟の景政に譲ったという。

 景政もまた剣豪であり、中条流を発展させたことで今では富田流といわれ、門下には鐘捲自斎や山崎左近将監、長谷川宗喜といった腕の立つ者を輩出したとのこと。

 ちなみにわたしでも知っていた剣豪である佐々木小次郎の師が、この鐘捲自斎だとか。
 あの有名な燕返しを身につけたのも、この一乗谷にほど近い一条滝でのことらしい。

 要するにこの越前は、剣術に関しては非常に盛んな土地だったということだろう。

「うん……そうだな。刀に関して習うのも悪くないか。というかお前も習ったらどうだ?」
「それも時間があれば」
「わかったわかった……。わたしの身の回りの世話をできるような誰かを新しく雇えばいいんだろう? あまり皮肉を言うな」
「側仕えを入れるのでしたらば、是非女子を用い下され。このような仕事には相応しいでしょうから」

 つまり、着替えのことを言っているらしい。
 わたしはもともと男だからあまり気にならないが、やはり貞宗からすると色々葛藤もあるらしい。

「それもわかった。適当に家臣の娘でも寄越させればいいんだろう? とはいえそんな都合のいいのがいたかな……」
「まあ考えるのは後にしましょう。色葉様、皆がお待ちですのでお早く」
「はいはい」

 身支度が整ったことを言外に告げられて、ぞんざいに答えつつもわたしは頷く。

 しかし面倒くさいものだ。
 元は男だから、というのもあるからかもしれないが、別段着飾る趣味は無い。それでも人の上に立つ者には必要な義務らしい。

 こっそりとため息を吐き出しつつ、わたしは大広間へと向かったのだった。

     ◇

 広間には家臣がすでに一同に会していた。
 一段高い上座は空席であり、わたしの座する場所だから当然である。

 そのすぐ近くには景鏡が控えており、上座に近い所から一門衆では敦賀郡司で金ヶ崎城主・朝倉景建が筆頭で、府中城主の向家久、龍門寺城主の朝倉景胤と続いている。

 ちなみに向久家は朝倉氏庶流の一門であり、遡れば南北朝時代の朝倉氏二代目の朝倉高景の三男を祖とすることになる。

 また朝倉景胤の父はすでに他界していないが、名を景連といい、一乗谷奉行人の一人であったという。

 そして家臣筆頭には堀江景忠。その後ろに堀江景実、栂野吉仍、溝江長澄、山崎長徳、赤座直保、富田景政といったかつての朝倉氏に仕えた譜代の家臣が続く。

 外様である貞宗は、さりげなく最後尾に並び、座していた。
 本来ならば家臣筆頭の地位は貞宗が相応しいのであるが、そこは旧臣との関係も考えて自ら末席を選んだのだった。

 とはいえ貞宗がわたしの側近であることは誰もが知るところであり、その影響力は少なく無かったりする。

 そして貞宗のさらに後ろには、各家臣たちの家臣である陪臣が続いていた。
 正月の祝いの席ということで、顔合わせも兼ねて、呼べるだけの家臣を呼んだのである。

「面を上げよ」

 席に座したわたしは、重々しくそう告げる。
 と言っても声はやはり可憐なままであり、威厳があるかというと多分無いだろうというのが自分の感想である。

 が、祝いの席であるにも関わらず、場に集った家臣どもは少なからず緊張しているようだった。
 これもまあ、いつもの反応である。
 根本的なところでわたしのことが怖いらしい。

 わたしを少なくとも表面上恐れないのは景鏡と景忠くらいだろうか。貞宗あたりだと、もはや扱いがぞんざいになっているくらいである。
 他の者もそのうち慣れるだろうと、そう思っておくことにした。

「新年、あけましておめでとうございます」

 家臣を代表して告げるのは、景建だ。

「姫におかれても、ご機嫌麗しく何より……」

 決まり文句を聞き流しながら、やっぱりこうなったか、とやや複雑に思いながら次々に行われる家臣の挨拶をあきらめにも似た心境で受け止めていた。

 家臣の間でのわたしの呼称は「姫」で定着しつつあった。
 白川郷の時と同じである。

 家臣である「殿」と呼ぶ相手は建前上の当主である景鏡のため、便宜上もあってわたしのことは姫と呼ばれてしまうのが自然な流れだったのだ。
 自他ともに認める女と化してしまっているよなと、もはや諦観の心境である。

「今日はよく集まってくれた。わたしを見るのも初めての者もいるだろうが、見ての通りだ。このような姿の主など認めないという者があれば、この場を立ち去ることを許す。今日は無礼講であるからな。しかしここに最後まで残ったならば、わたしに忠誠を捧げると誓ったと見做すぞ?」

 開口一番で威圧してしまうのが、わたしの悪い癖だろう。
 何度も顔を合わせている家臣連中はともかく、陪臣の中にはぎょっとした者も少なからずいたようだった。

 が、中には嬉しそうにしている者もいるようで……それに関しては何だかよく分からなかった。
 まあいいか。

「酒をもて」

 わたしの声に従って、次々にどぶろくが注がれていく。
 当然わたしにも、だ。

 実はこれが楽しみだったのである。
 今も昔も酒は好きなのだ。

 酒が回りだすと場が賑やかになっていく。

「景建、酌をしろ」

 眺めていたら、どうやら景建が一番酒好きのように見受けられた。
 一方で控えているようだが、景忠はかなり酒に強いとも察する。
 八岐大蛇の話ではないが、蛇は酒が好きらしい。

 すでに席次など無く、場が崩れてきたところを見計らって、わたしは上座を下りると、皆の真ん中にすとんと座り込み、酒杯を景建に向かって差し出した。

「勝負でもしないか? 褒美は差し当たって、わたしが酌をしてやることだ」

 おお、と周囲からどよめきが起きる。
 いくぶん酒精が回ったこともあって、場はどんどん和やかかつ賑やかになっていく。
 離れた席で貞宗が苦い顔していたが、知ったことではなかった。

「もしわたしが負けたら、更に褒美をやるぞ?」
「おお是非!」

 あっさり受けて立つ。
 のりもいい様だ。

 周囲がはやし立てる中、勝負はわたしの完勝に終わった。
 以前から酒には強かったのだけど、この身体になってからは格別になってしまったらしい。
 それこそざるである。

 気分も良くなっており、尻尾をパタパタさせながらひっくり返った景建を尻目にさらにもう一杯飲み干してやった。
 そんなわたしの仕草が家臣どもの琴線に触れたようで、何やらどんちゃん騒ぎと化しつつあった。

「次は景忠、お前が相手をしろ」
「いや……それがしは」
「ふん、わたしの杯を受けないのか。そうか。つれないことだな……」

 そこで寂しそうな表情をして、尻尾をくるりとしまいこみ、さらにはふさふさの耳がぺたんと塞がるように倒してみせる。

 もちろん狙った仕草であり、しかし周囲からはそんな哀しそうなわたしの態度を看過できず、一気にヤジが飛んだのである。

 このあざといやり方に、大聖寺攻めでわたしの本性を当然知り得ている景忠にしてみれば、嵌められたとしか思わなかっただろう。

「色葉様……なかなかにあくどいですな」
「ふん……お前が素直に受けないからだ。何なら泣いてみせようか?」
「それは一度見たくはありますが、しかしこの命がいくらあっても足りませんな……やれやれ。とんだ主でいらっしゃる。誰か、もっと大きな酒杯をもて!」

 どうやら景忠も覚悟を決めたらしい。
 してやったりと、先ほどまでの哀愁などどこにもなく、わたしの顔にはいじめっ子の笑みが浮かびつつ、その尻尾もまたぱたぱたと動き出していた。

「それがしはこれでお相手しよう。色葉様はどうされるので?」

 それまで手にしていた三倍はある大きさの酒杯を手に、挑戦的な笑みを浮かべる景忠。

「いい度胸だ。わたしにも同じのをもて」

 新たに受け取った酒杯に、並々と注がれる白い酒。
 それを二杯、三杯と、立て続けに飲み干していく。

 なるほど……見込み通り、景忠は相当強い。
 さすがのわたしもほろ酔いどころではなくなってきていた。

 とはいえ泥酔にはほど遠い。
 いい頃合いを見計らって、わたしは杯をその場に落とした。
 残っていた酒が零れ落ちていく。

 その夜の勝負は景忠の勝利となり、以後この話は朝倉家中で長く語られることになるのだった。

     ◇

 夜も更けた頃、わたしは一人館を抜け出すと、外に出て館の東側後背を見上げる。
 そこにはこの館や、今は無いがかつて存在した城下町を見守るように、一乗谷城と呼ばれる山城があった。

 徳利を片手にしたまま、人目の無いことをいいことに、わたしは人外じみた脚力で地面を蹴り、山城へ続く山道を勢いよく駆け上がっていく。

 普通に歩くと時間のかかる道のりも、わたしにしてみれば大したこともない。
 あっという間に山頂の本丸へと滑り込み、そこに詰めていた者を驚かせた。

「これは――色葉様? このような時刻に如何なる用向きで……」

 律儀にその場で見張りを続けていたのは、城代を任せている直隆である。

「ん、ちょっと酔い覚ましにな。邪魔をするぞ?」
「それはいっこうに構いませぬが……。時に、そのお姿は?」

 直隆が言うのはいつになく着飾ったわたしの姿だろう。

「正月の挨拶とか何とかで、強引に貞宗に着させられた。動きにくくてかなわないぞ」

 館でどんちゃん騒ぎをした挙句、そのままここまで駆け上がってきたのだから、当然かなり着崩れていた。

 貞宗でもいようものなら何を言われるかわからないような姿になってしまっているとはいえ、この城には少なくともひとの姿は無い。
 いるのは直隆と、その手勢たる骸の兵のみだ。

「その後、酒盛りになってな。そのうちみんな眠りこけてしまったから、ここに来たというわけだ。お前一人だけ除け者にしたようで、悪かったし」
「お気遣いは無用に。どうせ拙者、この身体ゆえもはや酒は嗜めませぬ」
「そうだな。でも付き合え」
「そう申されても……」
「酌をしろと言っている」

 徳利を放り投げて直隆に渡すと、わたしは懐に放り込んでいた酒杯を取り出した。

「それならば容易いことで」

 頷き、直隆が酒を注いでくる。
 まだ飲むのかと言われそうだが、すでに酔いはだいぶ冷めてしまっていた。
 恐らく泥酔やら悪酔いなど絶対に不可能な身体になってしまったのだろう。

「うん……皆と飲むのもいいが、こうして静かに飲むのも悪くない」
「然様ですな」

 今夜は月明かりが綺麗であり、風も無くて山はざわめくこともなく、とても静かだ。

「外は冷えますぞ」
「寒いのは嫌いだけど、今夜は別だ」

 外はうっすらと雪が積もっている。
 ここ一乗谷もそれなりに雪が降るが、平泉寺や亥山城のある大野郡に比べればさほどでもない。

 話によれば時折ドカ雪も降るらしいが、そういったことが無ければ降っては消え、降っては消えを繰り返すらしい。
 昨年の冬は飛騨の白川郷にいたので、あそこに比べればささやかなものである。

「直澄や隆基も一度呼び寄せるか。ひとも増えてきたことだし、鳥越城や向牧戸城は別の者に任して、お前達はここに住めばいい」
「お気遣い、かたじけなく存じまする。されどどちらも重要な拠点であれば、余人には任せられますまい」
「……それもそうか。美濃や加賀を併呑できればそうでもなくなるが、まだまだ先のことだろうしな」

 果たして越前国は手に入れたものの、実際にはどさくさに紛れて横から掻っ攫ったようなものだ。
 朝倉氏はこの越前一国で満足してしまったからこそ、領国に栄華をもたらす一方でそのまま滅亡してしまったといえなくもない。

「なあ直隆。白川郷では天下を取るだの大見えを切ったわけだけど、本当にわたしにそれができると思うか?」

 まだ酔いが残っていたのだろう。
 わたしは何気なく、そんなことを尋ねていてしまっていた。

「さて……拙者には分かりかねまする」
「なんだ。相手が酔っ払いだと思って、世辞も無しか?」

 やや意地悪く言ってやるが、直隆は生真面目に答えてきた。

「拙者は武辺者ゆえ、小難しいことは考えられませぬ。ただ太刀を振るい、敵をなぎ倒して主に忠義を果たすのみ。結果、天下を得られるのであれば、まことに僥倖。とはいえ、拙者には夢物語に終わるとも思えませぬが」
「素直に褒めろ。その方が……少なくとも今は、嬉しい」

 まあ、直隆らしいといえば直隆らしいか。
 わたしは苦笑しつつ、もう一杯寄越せと、杯を差し出すのだった。


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