朝倉天正色葉鏡

第16話 父と弟

朝倉天正色葉鏡 朝倉継承編 第16話

     ◇

「さすがに疲れたな……」

 景鏡の館に戻ったわたしは、疲労を隠せずにその場にひっくり返ってぼやく。

「……色葉様。そのようなお姿を誰かに見られては……」

 困ったように声をかけるのは、貞宗である。
 相変わらず小うるさい。
 こいつはあの場にいなかったからいいけど、わたしは疲れたんだ。

「ふん。血の気の多い坊主どもめ。猪突猛進しか頭に無いのか」

 この平泉寺の兵力はなかなかのものであるが、あまりに猪武者過ぎて改善の余地があり過ぎだった。
 一揆勢も烏合の衆には違いないため、どうにか互角に渡り合っていたようだが、とにかく稚拙過ぎる。
 これでは戦奉行をしていた景鏡も苦労したことだろう。

「貞宗、お前にも動いてもらうぞ」

 大の字になって寝転がったまま、貞宗へと言う。

「……と、申されますと?」
「相手は二万の大軍だ。しかしこちらは八千。しかも今回の敗北で負傷兵だらけのようだから、まともに動けそうなのはその半分、といったところだろう。烏合の衆が敵とはいえ、正面から戦っても勝ちは難しい。やはり援軍がいる。お前にはそれを頼みたい」
「援軍……ですか。しかしそのようなもの、いったいどこからかき集めるというのです?」

 貞宗が首をひねるのももっともである。
 すでにこの越前国は、この奥越前を残して一向一揆の手に落ちたも同然な状態なのだ。

 隣の加賀国は一向一揆の根拠地でもあるし、美濃国や近江国は織田に支配されており、朝倉にとっては敵である。

「今回の一向一揆の蜂起により、朝倉の旧臣で一揆に下った者は少なくないはずだ。これらを調略し、寝返らせろ。そして時を同じくして挟撃すれば、勝機はある」

 わたしが学んだ史実において、一向一揆は景鏡や平泉寺を滅ぼし、越前国を完全に「百姓の持ちたる国」にしてしまう。
 しかしその後、一揆勢はすぐにも瓦解し始めるのだ。

 朝倉氏の代わりに支配者となった本願寺の大坊主どもは、戦時下という理由で過酷な重税や賦役を課し、また朝倉氏の領地を独占してしまったのである。

 この悪政に対し、地元の寺社勢力や国人衆が反発。更には地元の一向宗門徒すら、過酷な支配に対して反発してしまうのである。

 このように越前一向一揆は早々に分裂し、それを好機とみた信長は越前平定に乗り出すわけだが、この際に一度一揆に下っていた朝倉旧臣も、再び織田に寝返ってしまう者が続出してしまい、結果的に越前一向一揆は壊滅することになる。

「景鏡の家臣を使者として、各地の旧臣に繋ぎを取り、一人でも多くこちらにつかせろ。それと同時に各地に噂をばら撒き、門徒どもの士気を下げるんだ」

 いかに大軍でも士気が低ければ、一度劣勢に追い込めば一気に潰走させることも難しくない。
 一向一揆は宗教絡みでなおかつ自身の生活がかかっていることもあり、その士気は異様に高いが、逆にそれを崩してしまえば脆いともいえる。

「城を攻めるより心を攻めるを上とする……誰の言葉だったかな。まあ、そういうわけだ」

 越前に入るまでの冬の間、わたしはこの時代の歴史を学ぶと同時に、アカシアが薦めてくれた兵法書の類にも目を通していた。
 付け焼刃であり、実戦経験など当然無いが、そんなのは誰だって最初は同じはずだ。

「……大役ですな。しかし、まことに色葉様はこの越前をとるおつもりのようですね」
「うん? そう言っただろう。何だ、信じていなかったのか?」
「いえ……そういうわけではありませんが。ともあれ命は承りました。色葉様の望みに叶いますよう、微力を尽くします」

 何となくではあるが、いつもよりやる気があるような貞宗を、つい不思議そうに眺めてしまう。

 常に従順でそつなく何でもこなす貞宗であるが、それでも強制されてやっている感は否めなかったし、それはわたしに脅されて家臣をやっている以上、仕方のないことなんだろうけど。

「どうかされましたか?」
「ん……いや。何でもない。それより後で景鏡を呼べ。お前に与えた任務について、あいつの意見も聞きたいからな」
「承知しました」
「よし、下がれ」

 貞宗が退出した後、わたしは再びごろ寝を再開する。
 この身体になってから体力が無尽蔵かと思えるほど充実して、戦場に一度や二度出たくらいではさほど疲れもしない。
 それでも頭であれこれ考えることは、これまでのように疲労する。

 悪魔のような力を得たというのに、悪魔のような頭脳まではついてこなかったらしい。
 結局勉強し、試行錯誤する毎日は変わらない。
 それはそれで、やはり疲れるのだ。

 少し眠ろうか。
 瞼が重くなってきているのを自覚して、うとうとし始めた時だった。

「し、失礼いたします」

 部屋の外から声がかけられた。
 貞宗かと思ったが、声が違う。
 もっと若く――というか、幼い声だ。

「……?」

 子供のようだが、わたしに用のある子供など心当たりも無い。
 不思議に思いつつも、まあいいかと思考を放り出し、入れと告げる。

 引き戸が開き、姿をみせたのは、やはり子供だった。
 それも二人。

 一人は小さく、まだ五~六歳といった幼子である。
 そしてもう一人は十代を越えたかといった程度の、少年だ。

 現代の感覚でいえば、中学生にどうにか上がったかどうかといった程度の、年端もいかない男の子が二人、襟を正して座って頭を下げている。

「このたびは、命を助けていただき、御礼、申し上げます」

 何度も練習したのだろう。
 そんな苦労がにじみ出ていた、言葉だった。
 小さい幼子の方も真似して言おうとしていたが、うまく言えず、結局頭を下げるだけで精一杯だったようだ。

『貞宗が助けた朝倉景鏡の身内かと推察します』

 しばらく二人を眺めていると、アカシアからさりげなくフォローが入り、ようやく得心がいったように頷いてみせた。

「ああ、お前達が景鏡の息子二人か。そういえば初めて顔を合わすな」
「は、はい」

 よほど緊張しているのか、兄の方は小刻みに身体を震わせてすらいる。
 ただ弟の方はまだ幼いせいか、平伏しながらもわたしの姿を見て、そのうち目を輝かせてしまっていた。

「あ、あにうえ、しっぽ……」
「ば、馬鹿! 余計なことは――」

 わたしの尻尾が気になる弟に、兄はびくりとしながら叱責するも、やはりわたしの尻尾を見て驚きを隠せないようだった。

「なんだ、触ってみたいのか?」

 そんな二人の様子が微笑ましく、わたしは普段ならばまず口にしないようなことを、つい言ってしまっていた。

「い、いえ――」
「うん!」

 弟の方は幼子らしく素直に自分の欲求を表に出すので、これもまた気持ちがいい。

「そうか。なら近く寄れ」

 そう言ってやれば、兄が止めるのも聞かずに弟の方がわたしのすぐ傍まで近寄ってくる。
 目の前にすとん、と座り込んだ弟へと、尻尾を伸ばしてその頬を撫でてやる。

 しばらくその尻尾とじゃれていた弟が、尻尾に抱き着くまでに、さほど時間はかからなかった。
 ……くすぐったいな。

「お前はいいのか?」

 わたしはなされるがままになりながらも、部屋の隅で動けずにいる兄の方へと声をかける。

「あ……い、いえ、その、私は……」

 どうやら興味はあるようだが、理性が辛うじて勝っている――そんなところだろう。

 そんな様子に悪戯心が芽生えてしまったわたしは、弟を尻尾ごと抱きかかえるとその場に立ち上がり、兄の方へと歩いていった。
 そして目の前に座り込んで、顔を近づけてまじまじとのぞき込んでやる。

「う……あ……っ」

 思った通り、兄の方は顔を真っ赤にして俯こうとするが、わたしは顎を手で支えてそれを許さない。
 異性に耐性が無いのか、それともこの容貌のせいかはわからないが、とにかく完全に照れてしまったようだった。

「許すから触ってみろ。気になるんだろう?」
「あ……は、はい……」

 弟に独占されている尻尾の端に、恐る恐る手を伸ばした兄であったが、そのうち意を決したように、わたしの頭へと更に手を伸ばした。

 つまり、耳へと。
 どうやらこっちも気になっていたらしい。

「ふ、ふさふさ……」
「ふふ。ここに触れた他人はお前が初めてだな。これ以上無い褒美だぞ?」

 結局この二人と打ち解けるまでに、大した時間は必要なかった。
 もっともその後、景鏡が部屋にやって来たことで、二人とのじゃれ合いは終了となったのだが。

     ◇

「まことに申し訳ない。あのような無礼を……」
「いや、いい。最初からわたしが許したことだ」
「は……」

 息子達の無礼に景鏡は血相を変えて頭を下げたが、わたしにしてみればどうということもない。

「それにわたしがお前の養女ということになるのなら、あの二人は弟になるわけだから、家族が触れ合うのは別段おかしなことでもないだろう」

 景鏡の話によると、あの二人にわたしへの挨拶をさせ、今後の身の回りの世話をさせる心づもりだったらしい。
 ちなみに名前は、兄の方が孫八郎、弟の方が孫十郎だとか。

「そうであるな。では……息子達にはそなたを姉と呼ばせねばなるまいが、よろしいか?」
「姉?」

 思わずきょとんとなる。
 あの二人が弟になることは異存ないものの、姉という表現で呼ばれることには何か意外であったのだ。

「そうか……姉ということになるのか……」
「どうかされたのか?」
「いや、大したことじゃない」

 兄、と呼ばれるのならば違和感など無かったのだろうけど、やはり姉と呼ばれることになるのが自然だろう。

 ……ますます女の扱いを受けるようになっていくよな。
 まあ白川郷では姫とか呼ばれていたし、今更ではあるけど……。

「そう呼ぶことを許す。しかしそうなると、わたしはお前のことを父上と呼ばねばならないわけか」
「――――」

 今度は景鏡が虚を突かれたような顔になる。

「そうではあるが……しかし、よろしいのか? 色葉様はあくまでわしを利用するだけのつもりであろうに。一度そう呼んでしまっては、今後のそなたの行動を束縛することにもなるぞ」
「その代償が、朝倉という名だろう。せいぜい利用させてもらう。だがそれは、お前がわたしを利用してはいけないということにはならない。お前はお前でわたしを利用して、早々にこの地をまとめろ。あと、様はつけなくていい。親子らしくないからな」

 今回の朝倉再興にあたり、事実上の支配者はわたしであるが、表向きの盟主は景鏡に務めさせるつもりだった。
 理由は色々あり、一言で言えばその方が都合がいいからである。

「それはさておくとして、真っ先に調略すべきは誰か、景鏡――……父上の意見を聞きたい」
「ふふ、何やらむず痒いものだな」

 わたしがやや言い淀みつつも父と呼んだことに、景鏡は苦笑してみせた。

「さて誰もが脈はあると思うが、真っ先に寝返りそうなのは堀江景忠、景実の親子であろうな」
「堀江、か」

 頷きながら、思い出す。

『堀江景忠は朝倉への謀反の疑いにより越前を退去させられ、能登に亡命したとされています。その謀反も一向一揆と繋がっていたとされるため、今回の主家滅亡と越前一向一揆に乗じて進軍してきたものと思われます』

 思い出すまでもなく、アカシアが説明してくれた。
 便利なものである。

「しかし信用は置けぬ人物ぞ。わしが言うのもどうかと思うがな」
『織田信長が越前一向一揆平定のために侵攻してきた際には、あっさりとこれに降り、一揆壊滅の一因となったようです』

 自嘲気味の景鏡の意見に、アカシアが補足する。
 かなり謀反気のある人物のようだ。

「他には?」
「次は景建殿だろう。朝倉の家臣で健在な者のうち、もっとも武勇に優れた一門衆だ。今回の一向一揆は島田将監などのように、朝倉の元家臣に率いられているものも少なくない。景建殿はその筆頭だろう。今はわし同様、朝倉の名を捨て安居と名乗っているはずだが」
『朝倉景建――一門衆の中では、大野郡司、敦賀郡司に次ぐ家柄であり、姉川の戦いの総大将を務めた人物です。姉川の戦いでは敗れたものの、その後の志賀の陣の宇佐山城の戦いでは織田信長の弟、信治や重臣であった森可成らを、討ち取る武功をあげているようです』

 つまり、朝倉家における軍事の要になっていた人物なのだろう。
 かの有名な姉川の戦いで敗れたとはいえ、あの戦いには三英傑とか言われる織田信長、木下秀吉、徳川家康を初め、家臣には柴田勝家や本多忠勝といった猛将もいたわけで、これに勝てたら朝倉景建や浅井長政は名将中の名将ということになってしまう。

 さすがにこれらに勝てるはずはなくとも、その家臣らとは十分に渡り合うだけの能力は持っていたのだろう。
 今後の為にも手に入れておきたい人物である。

「朝倉を再興するにあたり、やはり人材は必要だ。そのために旧臣の中で拾える者は拾っておきたい。今一揆に与していない者も含めて、健在な者は捜し出し、招集しろ。そしてその朝倉景建と堀江景忠は、何としても寝返らせるんだ。一揆勢が態勢を立て直す前に、事を運べ」
「かしこまった」
「仮に応じても、早まった真似はさせるな。各個撃破されるだけだ。機を合わせて同時多発的に行わなければ意味が無いからな」

 この先の展開は、当然歴史とは異なるため今までのようには見通せない。
 となれば、どこまでも慎重を期す必要があった。

 ただし時間もあまり残されてはいない。
 早々に越前を平定しなければ、織田がここを再度狙ってきてしまう。
 それまでに次の一手を打ちたいが、それにはやはり国が必要なのだ。

 しばらく景鏡とあれやこれやと話し込み、相当時間が経過したところでわたしは小さく息を吐き出した。

「お疲れのようであるな」
「断っておくが、わたしもひとだからな」

 そんな言葉に、景鏡はやや驚いたような顔になる。
 しかしすぐに得心いったといわんばかりの表情も、みせた。

「当初は悪鬼か何かの類かとも思ったが、息子らと戯れているそなたを見た時は、ただのひとの子のようにも見えた。なるほど、そうかそうか。ひとの姿をした悪鬼羅刹もいるのだから、妖の姿をしたひとがいても不思議ではあるまい」

 そんな景鏡を、ついまじまじと見返してしまう。
 ただそんなことを言われたのはこの世界に来て初めてで、妙な気持にもなった。

 それが嬉しかった、という気持ちであることに気づくには、もう少し後のことになるのだったが。


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