朝倉天正色葉鏡

第10話 方針

朝倉天正色葉鏡 朝倉継承編 第10話

「損害を報告しろ。あと貞宗は無事か?」

 心配だったのは唯一の人間である貞宗で、守るためとはいえしたたかに蹴り付けたのだ。
 その姿を捜し――見つけて、その場へと駆け寄った。
 どうやら大嶽丸に踏み潰されてはいなかったようだ。

「……大事ありませぬ、が」

 痛々しそうに立ち上がろうとした貞宗を、制止する。

「そのままでいろ」

 そんなわたしを、貞宗はまだ痛みが残っているだろうに、どこか面白げに見返してきた。

「おかしな方だ。私の身を案じるとは」
「馬鹿言え。お前にしてみれば嫌々かもしれないが、わたしにとっての家臣には違いない。それを他人にいいようにされるのは不愉快だ」

 まあ蹴って怪我をさせたのはわたしだけど、それもそもそもはあの女のせいである。

「それにお前は役に立つからな」
「やはり、おかしな方だ」

 苦笑しつつ、貞宗はその場に立ち上がった。

「礼を申します。それよりも色葉様、このままですんだとは思えませんが」
「そうだな。しかもあいつ、何か悪戯をしたとか何とか言っていたし。というか貞宗、何かあいつに心当たりはないのか?」

 はっきりしているのは今のところ、名前だけだ。
 あの女は鈴鹿といっていたし、あのもう一体のいかにも鬼、といった姿のやつは、大嶽丸と呼ばれていた。

「にわかには信じがたいのですが、鈴鹿山の鬼かもしれません。いわゆる伝説の類ではありますが」
「有名なのか?」
「坂上田村麻呂に纏わる伝説に出てくる鬼です」
「坂上田村麻呂って……」

 聞いたことがある。
 というか、確か教科書に載っていたはずだ。
 アカシア?

『はい。歴史上、征夷大将軍に任命された人物として著名です』

 そうだった。
 しかしだとすると、この時代からみても随分過去の人物ということになる。
 もう少し詳しく聞こうとしたところで、慌ただしく直澄が俺の傍まで駆け寄ってきた。

「色葉様! 申し上げます!」
「どうした?」
「この寺を目指すようにして、複数の灯りが迫ってきております。その数、およそ五十!」

 五十、か。

「貞宗、どう思う?」
「情報が少なすぎますから、はっきりとしたことは申せません。ただこの地でそれだけの人数を動員できるものといえば、内ヶ島の手勢としか考えられないでしょう」
「つまり、ここにわたし達がいることが露見した、ということか?」
「恐らくは」

 なるほどな。
 確かに貞宗の言う通り、それが仮に軍隊であるのならば、内ヶ島氏の手勢以外に考えられない。

 この飛騨国は四万石に届かないような石高しかなく、さらにその大半は姉小路氏が支配している。
 そして内ヶ島氏はその飛騨国の一角を支配しているに過ぎない。となればその石高など高が知れている。

 結果、動員できる兵力は限られており、内ヶ島氏が動員できる兵力はせいぜい二百といったところだろうか。

「向牧戸城の手勢だろうな。……なるほど、これが悪戯か」

 唾でも吐き掛けたい心境だったけど、どうにか堪える。
 あまり下品な行為をすると、アカシアがうるさいからだ。

 ついでに貞宗も、よく文句を言ってくる。
 女らしくない、と。
 まったく……。

「要はあの女、ここに亡者が巣食っているとでも密告したんだろう。昔から魔物の討伐は軍隊の仕事だと相場が決まっているしな。……くそ、面倒なことを」
「しかし色葉様。それにしては動きが早すぎるのでは?」

 貞宗の言う通り、今あの女が密告した、とうわけではないだろう。
 もっと事前に仕込んでいたはずだ。

「大方もしわたしが従えば、迫ってくるあの連中を蹴散らして恩でも売るつもりだったんだろうな。わたしが拒否すれば、そのまま襲わせて溜飲でも下げるつもりだったんだろう」

 どっちにしろ、性格が悪いのは確定である。
 さてどうしたものか……。

「直澄、さっきも聞いたが被害は?」
「はっ! ご報告が遅れて申し訳ありませぬ!」
「いいから報告しろ」
「――七体ほどが使い物になりませぬ。他三体ほど、損傷していますが、軽微です」

 だよな……。
 ざっとわたしが確認しただけでも、数体分の白骨が散らばっている。
 中には足が砕けて立ち上がれないでいるやつもいるし。

 ちなみにここ数ヵ月で、骸骨は二十体以上に増えていた。
 正確には二十三体。

 そして今日、新たに九体増えたのだけど、七体が壊されてしまったわけだ。
 つまり、こちらの戦力は二十五体。
 相手は五十。
 倍の兵力だ。

 しかしこっちには直隆らがいる。
 直隆、直澄、隆基はかなり戦力として期待できる。
 また骸骨どもは動きが鈍いので戦力としてはいまいちではあるものの、そのしぶとさは折り紙付きだ。士気が下がる、ということも無いし。

 また貞宗もけっこう腕が立つのだけど、今の状態では戦力外だろう。
 で、わたし個人の戦力だが、相手が五十程度ならば、わたし一人でも何とかできるだろう。正直、皆殺しにする自信はある。

 しかし、とも思うのだ。
 絶対にこのことを、あの女はどこかで高みの見物と洒落込んでいるはず。
 わたしがどの程度の者か、見極めるためにも当然だろう。
 ここで手の内を晒してしまうのは、思惑に乗るようで面白くない。

 また仮にわたしが先頭に立って五十を相手にした場合、もちろん勝利は確実だろうが、しかし全員を皆殺しにできるかどうかは微妙だ。
 必ず逃げ出す輩が出てくるし、そうなったらそれらを全て捕捉して殺すことは難しい。というか不可能だろう。

 結果、どうなるかといえば、わたしの噂が広まることになる。
 しかも良くない形でだ。
 もしかするとそうなることを狙って、鈴鹿はこのようなことを仕掛けたのかもしれない。

 そう思うと、ますます面白くなかった。
 ならばと他の方法を考えてみる。
 いっそ、こいつらを囮にして逃げる、というのはどうだろうか。

 この寺の背後は山で、わたしの身体能力ならさほど苦労せずに踏破できる。逆に人間では困難を極めるだろうから、追いつかれることは無い。
 しかしその場合は、二十五体の骸骨はもちろん、貞宗も足手まといだから置いていくことになる。直隆らは辛うじてついてこられるかもしれないが……。

「いや……駄目だな」

 これを見ている鈴鹿に、情けないと嘲笑われる姿が容易に想像できて、即座に却下した。
 あの女に舐められるのはひどく不快だ。

 更にいえば、どうにも選択したくない手段でしかなかった。
 亡者や人間とはいえ、仮にも家臣としてこれまで仕えてくれていたことは事実。
 それを見捨てること自体、何か不愉快で仕方が無い。

 となると、やはり戦ってこの場を乗り切るしかない。
 しかもわたしが悪目立ちしない方法で。

 いや待てよ。
 仮に目立ったとしても、噂が広まらなければいいわけか。
 しかし……そうすると……。

 ある一つの案が浮かんで、吟味してみる。
 結果はよく分からない。
 しかも賭けのような気もする。

「……あの女、天下統一とか抜かしていたよな」

 不意に思い出す、鈴鹿の言。
 確かにあの女は、この国が欲しいとか言っていた。
 くれてやるものか、と思う。
 そのためには……。

「直隆を呼べ!」
「はっ!」

 わたしの命に、隆基が山門に向かって走っていく。
 直隆は一人、山門も前で仁王立ちになっていたからだ。
 すぐにも直隆が駆け戻ってくる。

「直隆、参りました!」
「よし……。今からお前達に、話がある。今後の方針についてだ」

 わたしの発言に、直隆ら三体と、そして貞宗もやや驚いたようにわたしを見返した。

「これまで特に方針も決めず、ただ何となく越前国に向かっていたが、今後ははっきりとした目的を以て向かうことにする」

 そう告げてから、わたしは口元に笑みを浮かべてみせた。
 恐らくとんでもなく邪悪に見える笑みを。

「まず越前国を手に入れる。わたしの国にするためにな」

 慌てたのは案の定、直隆だった。

「お、お待ちを! さすれば朝倉は如何なるのですか……?」
「わたしに従うを良しとしないのならば、滅びることになるだろう」

 当然、とばかりに答えた。
 絶句する直隆ら三体。

「嫌か? 嫌ならばここで反旗を翻してもいいぞ? 相手しよう」

 傲然と告げれば、しばし肩を震わせていた直隆も、やがて頭を下げてる。

「……仰せのままに。今や我が忠誠は色葉様に捧げておりまする。今更迷いはいたしますまい」
「それでいい。――貞宗、お前はどうだ?」
「……は。そもそも私に否やはありませんが……しかし具体的にどうされるのです? 現状の打破と、今後の方針に、何か意味があると?」

 さすがに貞宗は不思議に思ったらしく、その疑問をぶつけてきた。
 いくら今後の方針を決めようとも、まずは現状の問題を片付けなければどうにもならない。

「いいぞ貞宗。その通りだ。――本日をもって、旗揚げするわけだからな?」
「旗揚げ、ですと?」

 驚いたように貞宗が目を丸くした。

「こ、この状況下で……ですか?」

 旗揚げするどころか、滅亡の危機、と言いたいのだろう。
 気持ちは分かる。

「そうだ。わたし達は特段何もこの地で悪事は働いていない。にも拘わらず、我々が人間でないというだけで討伐すると言うのならば、それ相応の報いを受けてもらう」

 わたし目当てで道中襲ってきた野盗や山賊は全て返り討ちにしたが、むしろ治安にとっては良い結果になったはずで、しかもこちらから進んでねぐらを襲ったことは一度もない。
 山賊がため込んでいた財は、無一文のわたし達にとっては良い収入にもなったし、お互い様だというべきところだろう。

「越前に侵攻するにあたり、ここを一時的な拠点とする。そのためにまず内ヶ島氏を従える必要がある。そのためにはここで大いに力を見せつけるのは、一石二鳥だと思わないか?」
「しかし相手は国ですぞ? そう簡単にいくとは――……」
「そうだな。お前は家臣だから文句など言わせるつもりはないが、もし失敗したらその時はいくらでも聞いてやる」
「いや、そういう問題では――」
「今は聞かない、とそう言ったんだ。従わないのなら、骸骨の仲間入りをさせてから駆り出すぞ?」

 妖気を滲ませて言い放つ。
 それでわたしが本気だと悟ったのだろう。
 貞宗ももはや何も言わなかった。

「さて時間も無いから手短に作戦内容を話す。まず軍を二手に分ける。といっても一方はわたしだけ、だけどな」
「……色葉様? それはどういう――」

 直隆の疑問に、笑みを浮かべてみせる。

「わたしは一人でこの先に帰雲城を目指し、これを落とす。お前達は連中を迎撃しつつ、向牧戸城を攻め落とせ。向牧戸城攻めの大将は貞宗、お前がやれ」
「な――お、お待ちを!」

 慌てて貞宗が口を挟んだ。

「いったい何を考えているのです? そのような無茶――」
「無茶? なにがだ。――直隆、お前なら五十程度の雑兵、相手にもならないな?」

 もちろんそんなことは無い。
 貞宗のような手練れがいた場合、直隆らでも苦戦を免れないのは、初対面の時に経験済だ。

「はっ! 我が太刀にかけて勝利をお約束いたしまする!」
「よし。残っている二十五体、全て連れていけ。ただし、深追いは無用。とにかく城を落とし、戦意を奪え。無用な殺戮も不要だ。城主との交渉は貞宗に任せよ」
「心得ました!」

 攻めてくるのが亡者の群れでは、例え直隆らが話せたとしても、交渉にならない可能性が高い。
 そこで貞宗の出番というわけだ。

「いいか、極力殺すな。その方が後の交渉がし易い」
「は……いや、しかし……」
「いいから行け。期待を裏切るなよ?」

 とりあえず威圧してやると、貞宗は悪寒でも走ったかのように身を震わせていた。

「――されど、色葉様。お一人で本当に敵の本拠に向かわれると……?」

 そのことを口にしたのは直澄だ。

「ああ。基本的には交渉しに行くだけのつもりなんだけどな」
「主の仰せられることに否やはありまぬが、せめて私なりをお連れ下され」
「心配なら無用だぞ? だが……そうだな。それもいいか」

 直澄は直隆に準じるほど強くなっているし、やはりその姿は強烈だ。
 恐怖に訴えかけるのならば、いい交渉道具になるかもしれない。

 となると交渉の前に、一発かましてやった方がいいのだろう。
 ……城内の連中にとっては不幸なことではあるが。

「いいだろう。直隆、直澄を借りるが問題は?」
「ございませぬ。拙者一人で十分なほどでありまする」
「そうか。だが油断はするな」
「はっ!」

 よし……。
 今回の作戦は、何も難しいことではない。
 単に敵の総大将を一番に狙うというだけのことだ。

 奇襲には、奇襲を。
 もしかすると、相手の戦力によっては向牧戸城攻めを行う貞宗や直隆らは全滅するかもしれないが、その時はその時だ。
 そうなったらこの飛騨を地獄に変えて、せめてもの手向けにしてやる。

「そういうわけだ。ただちに行動に移せ」
「ははっ!」

 威勢の良い返事を耳にしながら、わたしは迫りくる松明の灯りを眺めやる。
 さて……賽は投げられたわけだが、どうなるか。
 知らず、わたしは不敵に笑っていた。


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