朝倉天正色葉鏡

第6話 色葉と名乗りて

朝倉天正色葉鏡 朝倉継承編 第6話

『! ――私がつけてよろしいのですか!?』

 何やらびっくりしたような反応に、むしろ俺がびっくりする。
 しかも嬉しそうだ。

「お、おう……? だってほら、自分で自分の名前を決めるのって……何か自然じゃないし、というか気恥ずかしいしさ」

 一応本音である。
 しかも女っぽい名前となると、即座に思いつくものでもない。

『では――主様の元の名前である「京」に因んで、「色葉」というのは如何でしょうか?』
「うん……? どこをどう因んだら、その二つに縁があるんだ?」

 音的に悪くない響きではあるが、アカシアがどういう根拠でその名前を導き出したのかは、興味があった。

『いろは歌、からです』
「いろは歌って……いろはにほへとっていう、あれか?」
「はい」

 確かいろは歌というのは、存在する全ての仮名を重複せずに作られた歌のことだ。
 日本人ならば例え言えなくても、聞いたことはあるはずである。

『いろは歌は四十七文字なのですが、それに「京」を最後に付け加えて四十八文字とするのが一般的だそうです。ですので』

 そう、か。
 つまりいろは歌の最初と最後。
 そういう縁で名付けたと言いたいのだろう。

 なるほどな。
 そのまま「京」という字を流用するわけでもなく、捻ってあって、面白い。
 それに元の名前に縁が残るというのは、何やら悪い気分ではなかった。

「いいじゃないか。それに元の名前を活かしてくれたのには、素直に共感できるぞ」
『お褒めに預かり光栄です』

 色葉……ね。
 まあいいか。
 どうせこの身体だし、とりあえず女として振る舞うには――そう決めたわけでもないが――とりあえずは都合がいいだろう。

 しかしこの名前……初めて聞く名前じゃないんだよな……?
 いろは歌から因んだ以上、耳にしたことがあるのは当然とはいえ……。

『主様、せっかくですので、その口調も矯正いたすべきかと』

 ちょっと褒めたらこれだ。
 要は女言葉でも使えと言っているのだろう。
 こいつはどうしても俺を女に仕立てたいらしい。

 まあ……創造主とやらがあの少女なら、当然女であろうし、そのあたりに何か関係があるのかもしれないが、それはそれ、だ。

「却下だ」
『再考を』
「しつこい」

 第一そう簡単に話し方なんて変えられるかというのだ。
 まったく……。

『しかし主様はTPOに応じて話し方を変えられるはずでは』

 TPOって。
 どこで習ったそんな言葉。

「そりゃあ敬語程度ならな。みんなやっているし。でも女言葉のことを言っているのなら、さすがに無理だぞ。精神的にきつい。こんな所でストレスをためるのは馬鹿らしいからな」
『……では、せめて一人称だけでも』

 食い下がるな。まったく……。

「一人称って……」

 確かに女が自分のことを俺と言うやつは、いないわけではないのかもしれないが、ごく少数だろう。
 とはいえそれは俺の時代の話であって、この時代ではどうなんだって気もするが。

「ならわたし、でいいか? これなら職場でも使い分けていたし、そんなに違和感もないが……」
『♪』

 よくわからんが、とりあえず了承の意が伝わってきたような気もした。
 今後の俺のために提案してくれているのか、それとも自分の趣味のためだけに言ってきているのか何とも言えないが……まあ、いいか。
 自分にとっても他人にとっても違和感が無い、というのはそれなりに大事なことだ。

 と、ここで思い出す。
 アカシアから視線を移せば、俺の前に控える直隆が微動だにせず待ったままだった。
 直隆にアカシアの声が聞こえているのかどうかは知らないが、もし聞こえていないのなら俺は一人でしゃべっていたことになり、これではただの頭の痛い子である。
 それに気づいて誤魔化すように咳払いをすると、

「待たせたな」

 それとなく尊大に、直隆へと声をかけた。

「はっ」

 直隆は何も突っ込まない。
 突っ込まないことが優しさだと分かってくれているのだろう。
 うん……いい家臣じゃないか。

「俺――いや、わたしの名前は色葉だ。真柄直隆にそう呼ぶことを許す」
「ははっ! 確かに承りました――色葉様!」

 その瞬間、直隆の雰囲気が一変した。
 何だかよくわからないぞわりとしたものが、直隆の全身からあふれ出す。
 これが妖気だと言われれば納得してしまいそうな、そんな気配だ。
 これまでのようなただ動いている骸骨、から禍々しい骸骨、にバージョンアップした感じである。

「いい感じで化け物じみてきたってところか。しかし……どういう理屈なんだ、これは?」

 俺の名前を呼ばせただけで、こうも変化するなんて……この世界ならではの法則か何かなのだろうか。

『推察ですが、創造主が主様にされたことと同じかと思われます』
「……どういうことだ?」
『創造主は自身の血という、もっとも濃い要素を主様に渡されました。先ほど主様が思われたように、名前とは身体の一部のようなものなのでしょう。であれば、名を呼ぶという行為はその一部に触れる許可を与えたも同じこと。創造主がされたことに比べればレベルは低いものの、根は同じであるといえます』
「ふうん……なるほどな」

 確かに、と思う節はある。
 例えば人間関係で下の名前を呼べるような間柄は、それは良くも悪くも特別な関係であるといえるだろう。
 亡者とかいったおかしな存在になると、そういった影響が顕著になるのかもしれない。

「というかお前、今おかしなこと言わなかったか? 先ほど俺――わたしが思ったように、とか何とか」
『はい。申し上げました』
「つまり――」

 俺が頭で考えていることが分かるってことか?
 あえて口に出さずに言ってみれば、

『その通りです』

 あっさりと返事がきたものである。
 ……もっと早く言えよ。
 そうすれば痛い子にならなくてもすんだのに。
 それは置いておいて、俺は視線を直隆へと戻した。

「直隆、一つ聞いておきたいんだが」
「何なりと」
「お……わたしが呼び出された理由は何だ?」

 これも知りたいことの一つである。

「申し訳ありませぬ。拙者には聞かされておらず、メネセス殿はすでに死しているため分かりかねまする」
「特に話してなかったってことか。じゃあお前達が蘇らせられた理由は?」
「あくまで手勢――手駒の一つとして、これと目を付けた名のある将を見繕っていたようです」
「ふうん……。ということは、お前自身には無いのか?」
「と、申されますと?」
「つまり、お前自身の目的だよ。せっかく――といっていいのかどうかは知らないが、この世に留まった以上、何かしたいことはないのかって話だ」
「拙者の目的、でありますか……」

 俺の言葉に何か感じることでもあったのか、やや考え込む直隆。
 亡者といってもしっかり思考できているようで、会話が成立するのは悪くない。

「拙者の存在意義は、主に仕えることのみでありまする」
「他にしたいことはないってことでいいのか?」

 さっきの押し黙った様子から、何かあるような気はしたんだけどな。

「強いて申し上げるならば」
「構わない。言え」
「では。拙者はもともと越前朝倉氏に仕えていた者。無骨者ゆえ、戦以外に役にも立ちませんでしたが、その戦でも討ち取られ、忠義を果たすことは叶いませんでした」
「うん? そうなのか? 死ぬまで戦ったってことなんだから、十分に忠義者のような気もするけど」
「勝利したならば、あるいはそういえるのかもしれませぬが、我ら朝倉勢は敗北しておりまする。その後、朝倉と織田の戦は続き、一度は織田を追い詰めることもあったようでありますが、今や劣勢となり滅亡の危機であると……聞き及んでおりまする」
「ふうん……」

 つまり何が言いたいのだろうかと、俺は直隆を見る。
 まあ考えるまでもないか。
 要は心配しているのだ。
 自分がかつて仕えていたお家のことを。
 もしくはその時の上司――主のことを。

「直隆が仕えていたというのは、朝倉……義景だったか」
「は」

 史実ではどうなるんだったかな、と疑問を抱けば、

『朝倉義景は天正元年に織田信長と戦い敗北し、その後一族に裏切られて自刃。朝倉氏は滅亡します』

 うまいことアカシアが説明してくれた。
 ということは、現時点でどうなっているかは知らないが、放っておくと直隆が仕えていた朝倉氏は滅んでしまうということだ。
 それを直隆が知れば、気落ちすることだろう。

「助力に行きたいのか?」
「い、いえ――滅相もございませぬ。拙者は色葉様にお仕えすることのみが、存在意義でありますので」

 行きたいらしいな。
 これを武人気質とでもいうのか何なのか。
 ともあれここまで義理堅いのならば、ここで直隆の望みを叶えてやることは、あとあと恩義に感じてくれることだろう。

 とはいえ越前、か……。
 確か福井県の一部、だったよな。
 頭の中で日本地図を思い描いてみる。
 ここは長野県だから、距離的にはそんなに遠くないような気もするが、どうなんだろうか。

「ここから越前までの道のりは?」
「はっ! ここは北信濃ですので、最も近いのは飛騨国を越えていく道にござります。されど道は険しく、容易ではありませぬ」

 直隆の説明に、そうだな、と頷く。
 確かにこの辺りは山だらけで行き来は難儀するだろう。

 もっともこの骸骨やらもそうであるが、俺も肉体的に人間の頃とは違って大幅に身体能力が向上しているのは間違いない。
 となると、安全のために回り道をするよりも最短のルートを選んだ方が、やはり早いのではないだろうか。

 第一大きな街道を骸骨引き連れて進むというのは、なかなかにあり得ない光景のような気もする。

「なら、とりあえず飛騨に向かおう」
「よ、よろしいのですか?」

 驚いたような直隆に、俺は苦笑を浮かべてみせる。

「別に越前に行くと決めたわけじゃない。だけどここに居続けるのもどうかと思うし、情報収集も必要だろう。いったん飛騨あたりに腰を落ち着けて、ゆっくり考えよう」
「ははっ! 仰せのままにいたしまする」

 よしよし。
 といっても進めるのはやはり夜になるんだろうな。
 昼じゃどうしても目立つし……。
 いや、その前に服だ。
 さすがにこのままじゃ、俺自身が嫌だし。
 そう思い、何気なく身にまとっている襤褸を眺めたその時だった。

「!」

 背中に衝撃。
 少し背を押されたような感覚の後、胸から何かが生えた。

「っ……!?」

 見えたのは、俺の血で赤く染まった金属的な切っ先。
 鏃、というやつだった。
 そして激痛。

「色葉様!?」

 状況に気づいた直隆が色めき立つ。
 そうこうしているうちにさらに四本の矢が、俺の身体に突き刺さっていた。

 どくどくと血があふれ出す。
 どうやら最初に一本が、心臓の辺りを貫いていたらしい。

 痛くて痛くてたまらなかったが、一つだけ何となく理解してしまっていた。
 これは死ぬな、と。

 そして俺は、その場に崩れ落ちた。


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