朝倉天正色葉鏡

第5話 真柄一族

朝倉天正色葉鏡 朝倉継承編 第5話

「脱出中だというのに、こんな所で立ち止まらせて悪かった」

 俺は平伏している骸骨達の元に歩み寄ると、膝を折ってそう声をかける。
 城からは離れたし、追手の様子も無い。
 今のうちに確認できることは確認しておくべきだろう。
 自分自身については少し置いておく。
 それよりも確認すべきはこいつらだ。

「滅相もござらん! 手元にありながらお心を騒がせた拙者の不覚なれば!」

 仰々しいやつである。
 でもどういうわけか、苦笑する思いで真柄を眺め、俺はそうだなと頷いてやった。

「いいから立て。それに――そうだな。何となく成り行きでこうなってしまったが、色々はっきりさせておきたい。まず――真柄、だったか」

 そうなのだ。
 流れで同行することになったが、どうしてこいつらは俺に従うような素振りをみせているのか。

 まったく役にも立たなかったとはいえ、足軽連中が押し込んできた際に、あそこにいた二体の骸骨は明らかに俺を守ろうしていていたし。
 そもそもこいつらに同行していいのかどうかすら、考えてもいなかった。
 確認する必要は、ある。

「はっ!」
「後ろの二体も身内のようなことを言っていた気がするが、同じ真柄、なのか?」
「その通りでありまする」

 ふうむ、なるほど。
 つまりこいつら三体は身内でみんな真柄、というわけか。
 何ともややこしい。

「名前は無いのか?」
「ございます。我が名は真柄直隆。弟は直澄、愚息は隆基と申しまする」

 ちゃんと名前はあるらしい。

『――真柄直隆、検索終了。真柄直澄、検索終了。真柄隆基、検索終了。説明いたしますか?』

 聞いてもいないのに、アカシアが何やらやって、何やら言ってくる。

「説明って、何をだ?」
『この三体の名前は、歴史上の人物として記録が残っています』
「そうなのか? というかどうしてそんなことをお前が知っているんだ?」
『アカシアとお呼び下さい。私は創造主に作られた、いわゆる図書館のような存在です。これまで創造主が読んだあらゆる本を記録しています』

 またまた何やら凄いことを言ってきた。
 まあぺらぺらと喋る時点で、まともな本じゃないのは間違いないのではあるが。

『過去に創造主は日本という国に入った際に、その文化や歴史の知識を得るために、手当たり次第に関連する書籍を読み漁っていらっしゃいました。その際の記録が私に残されています。そして私はその記録を任意に引き出すことが可能です』
「それは凄いな。とすると……お前――いや、アカシアは司書みたいな存在なのか?」
『そうとも言えます』
「ふうん……。俺とは大違いな優秀さだな。ちなみにそのアカシアっていう名前は?」

 多少気になって、聞いてみる。

『この名は創造主がつけて下さった名の、愛称のようなものです。正しくはアカシック・レコード。それが私の名前です。あと、主様は私よりも優れておいでです』
「アカシック・レコード……?」

 何やら聞いたことのあるような名前である。

『いずれそうなるから、と創造主はおっしゃっていましたので、現状では不完全なのだと推察します。ですから今の段階において、適当な名前ではないのかもしれません。ですがそのようなことはどうでもよく、この愛称を私は気に入っておりますので、是非アカシアとお呼びを』
「そうか。まあいい。それよりもそんな機能があるのなら、早速説明してみろ。採点してやる」

 そう告げれば、アカシアはまたぺらぺらと喋りだした。
 それによると、真柄直隆とはいわゆる戦国時代の武将であり、越前国の戦国大名であった朝倉義景の家臣であるという。
 弟や息子も同様。

 ただ姉川の戦いと呼ばれる一大決戦において、織田信長や徳川家康と戦い、戦死したとのこと。
 直隆やその弟の直澄、また隆基も大太刀を振るった猛将として歴史に名を残したという。

 一応教師をやっていたこともあり、教科書に載っている歴史程度ならばわきまえている。
 そうでなくても、織田信長や徳川家康といった名前は有名だ。
 そしてそれを直隆に確認したところ、間違いないとのことだった。

「ということは、今は戦国時代ってことになるのか」 
「今は元亀四年の四月になりまする」
「元亀……?」
『西暦に直すと一五七三年です。主様』

 なるほど。
 意外に便利だな、アカシアって。

「一五七三年……か」

 それが正しいのならば、俺は四百年以上昔にやってきたことになってしまう。
 まあアカシアの言によるならば、俺のいた世界に酷似した過去、ということになるんだろうが。

 本当に……どうしたものかな、これは。
 こんなところでそもそも俺は生きていけるんだろうかと、今さらのように不安になってくる。
 食事とかはどうすればいいんだろうか。
 まさか毎回、人間の魂とか食べなくてはいけないのだろうか。
 まあ……あれは美味しかったが。

 一人悶々とし始めた俺だったが、直隆らの視線――眼球などどこにもないのだが――を感じでやや気を取り直し、そのあたりのことは一旦置いておくことにした。

「俺にはお前達が俺を守ってくれているような気がするんだが、どうしてだ? 何か目的でもあるのか?」

 俺は、もう死んでしまったとかいう南蛮人に呼び出されてこんな世界に来る羽目になったらしいが、直隆らはその同じ南蛮人によって死霊化させられ、蘇ったという点ではその南蛮人繋がりで縁はあることになる、が。

 だからといって俺を守る理由になるとも思えない。
 それに順番からいえば、直隆らの方が先輩になるのだろうし。

「はっ。それは貴女様が拙者どもの新たな主となっているからでありまする」

 当たり前のようにそんなことを言ってくるが、当然身に覚えなどない。
 何なんだ、主って。

「家臣が主をお守りするは、至極当然のことなれば」

 そうかもしれないが、でも俺がお前らの主なんかになった覚えはないぞ。

「お前らの主はその南蛮人じゃないのか?」
「本来ならば。されど貴女様はメネセス殿を下し、拙者どもを支配しておりまする。メネセス殿が滅んだ以上、拙者共も運命を共にするが亡者の宿命であるというに、こうして存えていることこそが何よりの証左かと」

 その南蛮人の名前はメネセスっていうのか。
 しかし……そうか、なるほど。

 そういやその南蛮人が死んでしまった原因は俺だったよな。
 しかも単に殺したわけではなくて、魂を食ったってことらしいから、何かしらの因果もその時に取り込んでしまったのだろう。

 無理矢理、そう納得しておくことにした。

「されど……」
「うん?」

 少し言いにくそうな直隆へと、俺は顎をしゃくって先を促す。

「は……恐れながら、貴方様は拙者共を家臣としてお認めになっていないご様子なれば」

 それはそうだ。
 初耳だしな。
 主とか、家臣だとか。

『主様』

 不意にアカシアが口を挟んでくる。

「なんだ?」
『その死霊を観察したところ、性能は低くないのですが、存在がひどく不安定になっているように見受けられます。主様と確かにパスが繋がっていますが、その者が申すようにそれを主様がお認めになっていないために、一方通行になっているのではないかと』
「つまり……どういうことなんだ?」
『主様がその存在を確定させることで、その者は安定し、本来の力を発揮できるようになるのではないかと推察します』
「力を発揮って……ああ、なるほどな」

 今の直隆はどうだか知らないが、直澄と隆基はあんな足軽の相手にもならないほど、弱かった。
 それはつまり、元々の主だったメネセスとかいう南蛮人が死んでしまったからだろう。

「まあ役に立つんなら家臣として認めてもいいが……」

 しかしいきなり家臣とか言われてもな……。しかも骸骨だし。
 一方でこの世界で一人だけ、というのも心細くはある。
 妙な力を得たのは間違いないが、それだけで生きていけるほど甘くもないだろうしな。

「だが具体的にどうすればいいんだ? 認める、と言えばそれでいいのか?」

 そもそもにして、俺はこんな亡者を操るすべなど知らないのだ。

「御名をお教え下さり、その御名を呼ぶことをお許し下されば」
「名前? なんだ、そんなことでいいのか」

 そういえば名乗っていなかったと気づく。

「俺は――……」

 言いかけて、はたと気づいた。
 俺の名前は日下部京介。
 それは問題無い。

 無いはずなのだが……口にしようとして、おかしな違和感があった。
 それに邪魔されて、口にできずにいる。

『名は体を表す、と言うそうです』

 今回はまるで俺の思考を読んだかのように、アカシアが言った。

『主様はこの世界に来るにあたり、ほぼ生まれ変わりに近い過程を経ております。であれば、以前の名はもはや相応しくないのでしょう。実は予想通りです』
「……おい。何が予想通りだ」

 俺は抱えていたアカシアを睨みやる。

「お前はひとの身体をいじっただけでは飽き足らず、名前までおかしくしたっていうのか?」
『そうではありません。申し上げたように生まれ変わったようなもののため、未だ名づけがされていない状態と同じなのです。同じ名を選択するのならば、それはそれで馴染むでしょう。しかし相応しいとは思えないのです』
「……名前にまでケチをつけるのか?」

 別に好きでも嫌いでもない、自分の名前。
 当然自分で決めたわけではなくて、親がつけてくれたもの。
 初めからそこにあったもので、身体の一部のようなものだったわけだが。

「……まあ、そうかもな」

 冷静に考えれば、このみてくれに「京介」は合わないだろう。
 男の名前だし……な。
 違和感しかないはずだ。

「アカシア、何かいい名前はあるのか?」


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