服部正就 ~大坂の陣で消息を絶った、3代目半蔵

服部正就 ~大坂の陣で消息を絶った、3代目半蔵

 服部正就とは安土桃山時代から江戸時代にかけての武将。徳川氏家臣。
 通称は半蔵。いわゆる服部半蔵の一人。一般的に服部半蔵の名で知られている服部正成の長男である。

服部正就(はっとり まさなり)
源氏車に並び矢筈
生年1576年(天正4年)
没年1615年(慶長20年5月7日)
別名通称:半蔵 石見守
主君徳川家康⇒徳川秀忠
氏族服部氏
家紋源氏車に並び矢筈
父:服部正成
母:長坂信政女子
兄弟正就 正重 正広 女(中根正清室)
松尾(松平定勝長女)
正幸 正辰 正治

服部正就とは

由羅
由羅
服部正就といえば服部半蔵の一人、だよね
うん。いわゆる3代目の『半蔵』だね
イリス
イリス
由羅
由羅
一般的によく知られている『服部半蔵』は、正就の父親である正成のことを指しているんでしょ?
そうだよ。でも忍者の頭領みたいに思われている服部半蔵だけど、実際はそんなことないから。あくまで武将であり、足軽を率いて戦場で戦っていたんだよ
イリス
イリス
由羅
由羅
ドラマにあるみたいに、夜中にお城に忍び込んだり……みたいなことはしていない、ってわけだね
恐らくね
イリス
イリス
由羅
由羅
でもどうしてそんなイメージができちゃったんだろう?
もともと伊賀者と関りがあったり、伊賀同心を率いていたりしていたから、じゃないかな。伊賀とか甲賀って聞くと、とりあえず忍者なイメージがあるし
イリス
イリス
由羅
由羅
なるほどね~

来歴

 服部正就は服部正成の長男として、1565年(永禄8年)に誕生した。

 父・正成が死去すると、家督を相続。

 この際に服部半蔵の名を襲名し、さらには与力7騎に伊賀同心200名の支配を引き継ぐことになる。

 ところがあくまで徳川氏より預けられていただけの伊賀同心を、自身の家臣のように扱ったことが原因で反発を招き、1605年(慶長10年)に四谷長善寺に伊賀同心達はこもって正就の解任及び、自身らの与力への昇格を訴える騒動が発生してしまう。

由羅
由羅
なんか、うまくいってないね?
うん。これは1604年(慶長9年)に、江戸城半蔵門内の服部屋敷が類焼で焼失したことがあったの。この屋敷の再建の際にその手伝いを申し付けられたのが伊賀同心で、その一部が反発したというわけだね
イリス
イリス
由羅
由羅
服部家の家臣のように扱ったのが原因?
そういうこと。それに関連して、手伝わないことに対して咎を受けたり、知行を指図されたりするのは道理に合わないといって、幕府に訴えたというわけだよ
イリス
イリス
由羅
由羅
正就が思い違いをしていたのか、それとも増長していたのかは分からないけれど、とにかくこれはうまくないね
うん。そしてややこしいことになるんだよ
イリス
イリス
 幕府による詮議の結果、正就に理があるとして認められ、全ての同心は取り調べられた結果、7名が処罰を受けたという。

 そんな折に、服部家の身内に病人が出、そのため正就は将軍・秀忠とのお目見えを控えていたが、しかし密かに見舞いに出かけたという。

この帰り道に何者かに襲われて、正就はこれをやむを得ず斬殺することになるの
イリス
イリス
由羅
由羅
事件発生、だね
その相手は伊奈忠次配下の足軽だったんだけど、ともかく正就は城にて取り調べを受けることになったんだよ
イリス
イリス
 その結果、私用で夜中に外出したことを咎められ、改易を申し付けられることになったのだった。

 結果、正就は正室の父である松平定勝に預けられ、遠江国掛川にて蟄居となる。
 その後許されて、定勝に仕えることになったという。

 これにより地位を失った正就だったが、1614年(慶長19)から1615年(慶長20年)にかけて、徳川氏と豊臣氏の間に大坂の陣が勃発する。

 これを名誉挽回の機会と捉えた正就は、徳川家康の六男であった松平忠輝に従って、従軍。

 しかしこの戦いの中で行方不明になったとされている。
 史料によっては天王寺・岡山の戦いにおいて討死したともいう。

由羅
由羅
この戦いは激戦だったものね
正就を始めとして従者も全て討死したと思われ、遺体は見つからなかったそうだよ
イリス
イリス

その後の服部氏

 大坂の陣を最後に正就の消息は途絶え、服部家は弟の服部正重が継承し、服部半蔵の名も引き継いだ。

 しかしその後、大久保長安事件が発生すると、正重もまた失脚。

 最後は松平定綱に召抱えられ、桑名藩にて服部半蔵家は存続した。

ちなみに正就の子である正辰は、その母が松平定綱の姉であったこともあり、同じく桑名藩に仕え、その血筋から服部本家よりも優遇されたといわれているよ
イリス
イリス

正就の行方不明について

 大坂の陣において正就が行方不明になったことについては、異説が存在する。

 ひとつは逃亡し、帰農して75歳まで生きたというもの。
 もうひとつは、弟・正重に半蔵の名を襲名させるため、伊賀同心によって暗殺されたというもの。

などと諸説あるけれど、確たるものはなく、また合戦において将が遺体を含めて行方不明になることはままあることだから、あくまで俗説といった方がいいかもしれないね
イリス
イリス